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大好評な迷人✕味噌と漬物

 たてつづきの来訪者。

 それが二人ともお役立ちなのは……日頃の行いというやつなのだろうか。


「さぁ、どうぞお召し上がりください!」

「うわっ、美味しい!」

「しょっぱいような甘いような……不思議な美味しさね」

「ほんとだ、最初はウン……かと思ったのに」


 よし、単語を途中で止めた忠実な村人A偉いぞ!

 さきほどやってきた東方からの行商人さんは、セタローさんという名だという。セタローさんは一宿一飯の恩義として、貴重な調味料を分けてくれた。それがこの“ミソ”というものだ。


 焚き火がパチパチ爆ぜる夜、一通り夕飯を食べながら、セタローさんが振る舞ってくれた調味料にみんなで舌鼓を打っていた。

 見た目は正直本当にウンが付きそうなものと似ているのだが、だけど味はこの通り。まろやかな塩気と甘みがとても芳醇な代物だった。それをスープに混ぜてくれようとしたのだが、さすがに量が足りないということで……蒸したお芋にちょっとだけ付けて食べることにした。これが美味しい! 


 私がホクホクと頬張っていると、みんなにミソを配り終えたセタローさんが戻ってくる。その手に持つ薄革に包まれたのは……黄色い固形物? 彼はひっそりと唇に指を立てた。


「これはさすがに全員分ないので……特別です」

「……バター、ですか?」

「さすが聖女様。博識ですね」


 そう笑ったセタローさんが、こっそり私のお芋の上にバターの欠片を乗っけてくれた。お芋の熱さにじんわりと溶ける油。私はバレてないことをチラチラ確認してから(当然不機嫌満載のイクスとは目が合いましたが)、堪らずお芋を食べようとした時だった。


「ナナリー様、しばしお待ちを。毒味がまだです」

「もうっ、イクス⁉」


 目の前でそんなこと言ったら、失礼だってば!

 だけど、セタローさんの表情は優しい。


「村の人達みんな仰ってましたけど……本当にラブラブなんですね」

「いや、あの~……」

「そうです! なんせ将来を約束した仲ですから‼」


 ねぇ、イクスさん。さすがの私も求婚された覚えはないのですが。……まぁ、もっととんでもないこと言われ続けている気がするのは気のせいにするけど。


 ともあれ、イクスが無駄に胸を張っている間に私の頭に乗っていたピースケくんがお皿に降り立ち、「おいちーおいちー」と油の乗ったお芋を美味しそうに食べていて。あっという間に美味しそうなところが食べられてしまい、私は恨めしい目でイクスを見上げた。


「毒味、完了したようなのですが」

「……どうぞごゆるりとお楽しみくださいませ」


 そう執事っぽく一礼したとて、下がらないのがイクスさん。

 私はピースケくんの食べ残しをご相伴預かっていると、セタローさんがくすくすと笑う。


「いやぁ、しかし驚きました。失礼ながら、聖女様とこんな場所で出会えたこともそうなのですけど……こんな気さくな方だとは思わず!」

「まぁ……あまり聖女らしい方じゃないかもしれませんね」


 だてに教会にいた頃、孤立ボッチはしていない。一心不乱に国家聖女目指して勉強していたというのもあるけど……どのみち、あの女の園みたいなのは肌に合わなかっただろうな。貴族社会も苦手だったし。そんな私がこうしてラクに居られるのは、全てイクスが片時も離れず傍に居てくれるからなんだけど……。


 そうして見上げると、イクスはドヤ顔で言葉を向けてくる。


「部外者の言うことなんか、気にすることありません。貴女様は、貴女様のままで十分に素敵なのですから」

「ふふっ。イクスも過干渉さえもう少し控えてくれたら、素敵な騎士様だよ?」

「それはもう、俺である必要ないのでは?」


 あ~もう、可愛くない~!

 そう口を尖らせようとした時、セタローさんが「そうだ」と両手を打つ。


「村の人達に聞いたのですが、これからこの辺りは冬支度に入るそうですね。差し支えなければ、保存食の作り方をいくつかお教えしましょうか?」

「えっ、いいんですか?」

「はい! 東方では“ツケモノ”と言って、野菜を塩漬けにして保存しやすくする調味法があるんです。葉物野菜もそうですが、芋などの根菜でもできますし、それこそ芋を“トコ”にして漬物にする方法もありますので!」


 う~ん? なんかよくわからないけど……冬は野菜不足になりやすいしね。少しでも保存しやすくなれば、それに越したことはないだろうし。それに異国の調味法をマスターできれば、それをこの地域ならではのアレンジをして、街に卸したりもできるようになるかもしれない!


「ぜひ教えてください」

「もちろんですとも! では、ここではゆっくりお話できませんからあちらで」


 案内されるがまま、私は腰を上げる。だけど「ナナリー様」と手を引いてくるのは当然イクスだ。


「わざわざ貴女様が行くことないでしょう。そろそろお休みの時間では?」

「え、やだよ。まだ私元気だもん」

「ならせめて、俺も同行――」


 続けて反論してくるイクスの袖を引き、私は背伸びをする。


「二人して魔王から目を離すのもアレでしょ?」


 ちなみに魔王少年マオくんは、今も焚き火の前で村人たちとさっきから楽しそうに話し込んでいる。話の内容は聴こえないけど……たまに夜ふかしの子どもたちから「きゃああああ」という悲鳴が聞こえるから、怪談の類かな?


 魔王が子どもたち相手に怪談を愉しむとは、なかなか平和な光景だとは思うけど……だとしても、なんか色々の根本である要人を完全に信用するのもアレなわけでして。


「任せた」


 とそっと腕を叩けば、イクスは渋々「貴女様のお望みとあらば」と了承してくれる。そして私は、「こちらです」と手を差し出してくるセタローさんのあとに着いて行った。

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