不敵な魔王✕迷子の旅人
「要望も何も……我はただ隣人と仲良くするために、ささやかな贈り物をしただけだが?」
私の直球の質問に、魔王は不敵に口角をあげた。
弧を描く赤い瞳が怖くて、思わず怯みたくもなるけれど。チラリと後ろを見れば、イクスも魔王を見据えたまま、剣の柄に手をかけている。
それを見て……ふぅ。落ち着け、私。
だから、私の頭に乗っていたピースケくんをそっとイクスに預けた。
「ナナリー様?」
「喧嘩したいわけじゃないから。……陛下が快復するのは、念願だったわけだし」
そう――賢王とも呼ばれる国王陛下さえお元気になれば。ミーチェン王太子も、魔王討伐なんて愚行を犯さないだろう。今の王太子がそんなこと発案しそうにもないけどさ。他にも各地の不和もきっと徐々に見直される。……そもそもいくら王太子とて、二十歳そこそこの若者に国を取り仕切れというのが無茶があるんだよ。いざという時に彼を支える人材が揃ってなかった、というのが最大の汚点だったんだろうけど。きっと国王陛下が快復されたあかつきには、その辺りの環境も見直されるのではなかろうか。
……すべて無駄に人生やり直しているだけの元国家聖女の戯言ですけど。
なので、そのきっかけを与えてくれた魔王に感謝こそすれ、剣を抜くのは間違いだ。たとえ内心の警戒が増したとしても。だからイクスに癒やしのピースケくんを与えてから、私はにっこり振り返る。
「改めて、先程は秘薬の原料のご提供ありがとうございました! これでしばらくすれば、国王陛下も元気になってくれるでしょう。魔王さんはアルザーク王国の英雄ですね!」
「フフッ、無理するでない。我が何か企んでいるのではないかと、気が気でないのだろう?」
そう直球で返されてしまうと……むくれてしまうナナリーさんです。こっちがせっかく穏便に話をしようとしているのに……どうして男共はどいつもこいつも……。
でも、それが早いのもわかっているから。
私はこめかみを押さえながらご厚意に甘える。
「では、何か企んでいることがあるなら教えてくれませんか? 私の方としては、揉め事は極力避けたいんです」
「安心せい。それはそちらの杞憂だ。我は汝らに不利益をもたらすつもりは微塵もない」
「そう油断させておいて後ろからグサッと……みたいなことは?」
「まさか。……強いて言うならきまぐれ。助言の続きをしに来ただけだ」
助言……?
私が小首を傾げると、魔王の視線が私から外れる。その視線の先を追おうとした時――ドアがどんどん叩かれた。
「ナナリー様。村にまた見知らぬやつが……!」
私を『様』付けで呼ぶのは、イクスの教育が行き届いた元盗賊さんである。「俺が出ます」とイクスが魔王から目を逸し、私たちに背中を向けて。
「なんだ? 不審者は問答無用で排除しろと言っているだろうが」
「それがまた判断に困る感じで……」
イクスの物騒な命令はさておいて。
忠実な村人さんが連れてきたのは、やつれた感じの青年だった。藁で作った外套を羽織ったボロボロの人。褐色の髪もボサボサで、肌の色も黄色み帯びている。暗色の目も細め。
「……東方人か」
東方はイクスのお婆さんの出身地。つまりイクスにも同系の血が混ざっているということで。どことなく似ているかと言えば……髪色くらい? まぁ、イクスの方が何倍もカッコいいけども。
「頭領の親戚だったりは……?」
「知らん」
「じゃあ、排除で――」
いやいやいや! 知り合いじゃないからって排除とか……それはそれで極端すぎるからね? そこまで排他的なことしてたら、今後この村がやっていけなくなっちゃうから!
「と、東方の方がどうしてこんな辺境に?」
だから……まぁ、いつも通り、慌てて私が間に入る。
すると、その人がへにゃっと笑った。
「すみません……行商で旅している者なんですけど、どうも道に迷ってしまいまして。もし宜しければ、近くの宿など教えてはいただけないでしょうか?」
たしかに背中には大きなリュックを背負っていて。う~ん、他国から来た行商人さんか。言葉遣いも丁寧だし、悪い印象は受けないなぁ。しかし残念ながら、つい最近まで地図にも載ってなかったこの村に、宿なんて大層なものがあるはずもなく。私は眉をしかめながら愛想笑いを浮かべる。
「すみません……この村には宿がなくて。代わりといってはあれですけど、夜は広場で焚き火をして炊き出しをしているんで、よければ一緒に如何ですか?」
野営で野宿するよりはいくらかマシかと提案すれば、旅人さんの目が嬉しそうに輝く。
「助かりますっ! ご厄介にならせてください‼」
「いえいえ、困った時は助け合いですから」
こちらも、ひもじい野宿経験がないわけじゃないからね。
イクスに「いいよね?」と尋ねれば、やっぱり「貴女様がそれを望むのでしたら」と不服そうだけど。そんな折、背後から「ククッ」と笑い声が聴こえて振り返る。すると魔王少年が楽しそうにニコニコとしていて。
「何か?」
「いや――今日は楽しい夜になりそうだなぁ?」
ともあれ、私はまた新しい来訪者に、簡単に村の案内をすることになったのだ。