sideイクス 8回目の死
◆ ◆ ◆
ミーチェン王太子暗殺計画。
ナナリーはいつになく慎重に計画を進めていた。
「やっぱり一番の難関は、暗部出身の近衛だよね……」
ミーチェンは、あれでもさすが王太子。その御身を守るために、多くの人や手間が割かれている。
お茶のひとつにも毒味役が付き、出歩く時には常に護衛が二人以上付く。しかも四六時中、影から王太子を守る『隠密』がいる。
「婆さんが存命なら『隠密』について聞けたんだがな……」
暗部の中でもさらに有能な方が配属されるという隠密部隊。その実態はとにかく秘匿にされていて、噂に寄れば東国の知識や技術を極めた者たちらしい。表立って戦う技能とはまた違った技能が用いられるらしく、残念ながらこのアルザード王国ではあまり広まっていない。そして、その東国の島国が俺の祖母の出身だった。……鬱陶しがらず、もっとたくさん教えを乞うていればよかったな。
「あのお婆さんを出し抜くのか――イクス、できそう?」
ナナリーの問いかけに、勿論「当然ですとも」と鼻を鳴らしたいところだが……正直未だに、あの婆さんとやりあったところで、膝をつかせる自信がない。そんな俺の苦笑に、ナナリーも察したのだろう。「だよね~」と笑った顔を……俺は久しぶりに見た。
ナナリーはミーチェン王太子の暗殺を覚悟した時から、ほとんど笑わなくなっていた。
「やっぱり他の人に危害は加えたくないしなぁ。一人になる機会……寝る時も部屋の前には護衛がつくよね? お風呂の時も同じだろうし――」
「今回は、婚約破棄を受け入れていないんですよね?」
俺の質問に、ナナリーは疑問符を浮かべながらもこくんと頷く。
「一応ね。検討中、ということで有耶無耶にしてあるけど」
「ならば、閨で決行するのが一番でしょう」
ナナリーがそこまで覚悟を決めたなら、俺も腹を括るしかなかろう。
俺が『寝室』ではなくその単語を選んだせいか、ナナリーも目を見開いていて。そしてゴクリと喉を鳴らしてから、「そうだよね」と胸元を押さえる。
「使えるものは、何でも使わないとね……」
「無論、本番に至るまですることはありません。その前にどうぞケリを付けてください。俺も……いざとなったら助けに入れるよう、近くにおりますので」
言いながら、むしろ傍にいない方がいいのかとも考える。未遂で終わるだろうとはいえ、そういう場に居合わせていいと言われるのも……。だけど無自覚のナナリーはずるい。
「絶対だよ……?」
不安そうな顔の、上目遣い……⁉
俺は持ちうるものの全てをもって、ナナリーの傍にいることを決めた。
そして、決行の晩。
「殿下と……最後の思い出を作りたくて」
ネグリジェにバスローブを羽織ったナナリーの姿に、見張りの兵たちも喉を鳴らし。慌てて伺いに行った兵士と一緒に、寝室から寝間着姿のミーチェンが慌てて出てきた。そして恥ずかしそうに俯くナナリーと、その後ろに立つ俺を交互に見て……ミーチェンは訊いてくる。
「その護衛も一緒にか?」
「……残念ながら、俺にそのような趣味はございません」
かろうじて愛想笑いを浮かべながら、俺はそっとナナリーの背中を押す。
ナナリーは顔を上げた。
「殿下……」
「……わかった。ひとまず中で話そう。おまえらは離れておれ!」
そう命じたミーチェンは、そっとナナリーの肩を抱き……二人は寝室へと入っていく。
「では、俺も戻りますので」
そして俺も、慌てて移動を開始する。
ミーチェン王太子の寝室は、王城から離れた宮内の三階にある。幸いにも最上階――つまり屋根から侵入しやすい……位置に寝室を構えるには、きちんと備えがあったらしい。
「なるほど? 侵入しやすい分、護衛も配置もしやすいというわけか」
「尖塔だから、そこまで多いわけじゃないが」
黒ずくめの隠密が、俺を見据える。
そして――躊躇うことなく突進してきた。まっすぐ突かれた一撃を横に避けるも、すぐに蹴りが飛んでくる。剣を振るう時間すらない。むしろ靴にも刃が仕込まれていたのか、俺の胸元が裂けていた。そのまま投げられた小刀を剣で弾くも、そのすぐ後ろには黒い影が迫っていて。
「終いだ」
俺の腹で、熱が爆発する。どくどくと溢れ出る血と共に、足に力が入らなくなる。俺が膝をつくと、そのまま髪を引っ張られ、首を持ち上げられた。そして何も言わず――隠密が俺の首を切り裂く。
「かはっ……」
「……さて、あとは本丸か」
本丸がなんだか知らんが……ようはナナリーのことだろう。
やつは俺を投げ捨てると、そのまま塀を飛び降りる。そして窓が割れた音がしたのとほぼ同時に――女の高い悲鳴が一瞬だけ聴こえ。
薄れゆく意識の中で、俺はいつもの光景を見る。
空を舞う黄金の粒を、赤い触手が絡め取っていく幻想の中、俺はナナリーが即死であったことに感謝した。何度死のうとも……痛みや恐怖が少ないことに、越したことはないから。
◇ ◇ ◇
そしていつもの私室に戻った途端、俺は訊いた。
「それで、どこまでイッたんですか?」
「えっ?」
なぜか、ナナリーの顔が赤くなる。
つまりは――かなり至ったのだろうと判断した俺は即座に剣を抜き、踵を返した。
「今すぐあの男を殺してまいりま――」
「待って待って待って! やっぱあれはやめよう! 何もないから! 結局泣いてるだけの私をずっと慰めててくれただけだから~って、イクス待ってぇ⁉」
その時、またいつも通り扉がノックされる。
「聖女ナナリー様。ミーチェン王太子殿下がお呼びでございます」
「はいは~いっ! いきっまーす、今いきまーっす‼」
わざとらしく俺から逃げるナナリーを見送って、俺はくすりと笑う。
ナナリーに人殺しなんて似合わない。
彼女はずっと笑って、元気で居てくれればい。
それだけでいい―――
イクス話はどうも昼に投稿する気にならず、いつも夜に回しております。
そんな前置きはさておき、『倒れた聖女編』はこれにて終了です。長い連載ここまで追っていただき、こんなに嬉しいことはありません。
辺境スローライフ(?)な2幕は、あと二章でおしまいです。多少前後はするかもしれませんが…今のところの予定ですと、今月中にはラストまでいけるのではないでしょうか。ストックがたくさんあるわけではないのですが、毎日コツコツ書いていきますので、引き続き宜しくお願いいたします!





