増える村人✕甘くない接吻
――ちゅー?
その現実味のない単語が意識に落ちてくるよりも早く、「貴様ああああああ」と怒るイクスが魔王(ショタ)に剣を振り下ろしていた。だけどその剣は魔王を斬り裂くよりも前に、見えない壁に弾かれていて。
私の口が解放されたのは、それとほぼ同時だった。
「んんんっ⁉」
ようやく我に返った私が自分の口に触れると、たしかにそこは濡れていて。
魔王は自分の唇を赤い舌でペロッと舐めていた。
「どうだ?」
「……何がですか?」
「汝の体調だ」
そうか、体調か……。キスされた後に聞かれるのが体調か。
なんだか腑に落ちないまま、私は首を回してみたり、腕をいちにーと動かしてみるも、何も支障はなく――というか、今までの方が支障があったな? ということは……。
「あ、なんか……元気かも? です……?」
「急ごしらえだから、無理はしない方がいい。ヒトの身体の保持に必要な分の聖力を補充しただけだからな」
「魔王、さんが?」
私は疑問符を投げかけながらも、未だ剣を構えてこちらを伺っていたイクスに「攻撃中止~」と指示を出す。それでも納得がいかないのか、彼は魔王を威嚇したままだけど。
魔王は苦笑する。
「ヒトは幾分我らについて勘違いをしている点も多いが……汝らが崇める『神』という存在と、我を指す『魔王』という存在は基本同質なるものだ。神にできることは、我にだってできるぞ?」
「……そのことに対して詳しくお聞きしていると日が暮れてしまいそうですが……とりあえず、魔王さんも聖力が扱えると?」
「まぁ、そういうことだな」
なるほど、と小首を傾げながら。
魔法理論の根底を覆す新事実に興味がないわけじゃないが、今確認するべきことはそれじゃない。魔王さんにチューされて、私の体力が回復したという事実。つまり――?
「魔王さんの用って、もしかして私を助けに来てくれたってやつですか?」
「あぁ、そうだぞ?」
そう肯定する魔王さんはにんまりと自慢げに笑っていて。
その可愛い(魔王が可愛くていいのか?)笑顔には申し訳ないが、私は眉根をしかめる。
「魔王が? 人間である私を?」
「……知人が苦しいんでいて我にできることがあるのに、見過ごせというのか?」
「いやぁ、その~……」
「わ、我は汝らのために、気候まで調整したぞ⁉ ほら、冬支度が間に合わないとか悩んでいただろう? だから寒くならないようにここら一帯に温暖な風が吹くようにだな⁉」
ほう、近頃の異常気象は魔王のせいだったのか……でも理由がやたら平和的だな? というか、親に褒めてもらいたい子供のような理由はなんですか? 可愛いがすぎるのでは? 実際ショタ姿だし。
などと、現実と何かとの乖離に葛藤していると、魔王は「まぁ、そういうわけだから」と私の肩を叩く。
「汝の聖力の補給が完了するまで、しばらく我が傍にいよう」
「へっ⁉」
「全部一気に分け与えてもいいが……汝が他人に見せられぬ恍惚とした顔で腰を抜かすことになるぞ? その男の前でそんな痴態を見せていいのか?」
「ちょ~っと魔王さん、何を仰っているんですかぁ⁉」
「それに先程のヒトの子とも、あとで遊ぼうと約束したしな。下位の者との約束を違えるなど、上位に存在する身としては愚行にも甚だしい。我をそんな矮小な存在と一緒にするな」
「いや、決して魔王さんが下賤とか卑劣とかそういうことを言いたいわけじゃ――」
私が必死に説得(?)しようとするも、魔王さんは「我とてそこまで卑下しておらんぞ?」と楽しそうに笑っていて。あ~、もうっ。魔王さんちょっと自由すぎやしませんか? 上位種それでいいのか? 魔王だから、魔王だから許されるのか⁉
しかも笑った直後に、魔王さんはしんみりと、
「まぁ、同族同士争うのは虚しいからな。異質の我ら魔族を恨むことでそれが防げるのなら、別に構わんのだが……あぁ、別に構わんのだ……」
涙ほろりと流しそうなしんみり加減で、そんなことを言われてしまうから。
……ここで下手言って、人間に魔族討伐の気ありと思われるわけにもいけないしなぁ~と、私は諦め全開で「どうぞゆっくりなさっていってください……」と吐くことしかできなくて。
それに魔王さんは「うむ!」と嬉しそうに頷いては、スキップしそうな軽やかな足取りで村の中へと入っていく。対して私は……ず~っと見ないふりしていた人に、視線を向ける。
とりあえず……今の私はご機嫌の魔王よりも、今も下ろした剣を握ったまま、噛み締めた唇から血を流し始めているイクスさんが怖くて怖くてたまりません……。







