具合が悪い時こそ✕招かざる来訪者
私、聖女の使う白魔法というものは聖力という力を糧としている。
大抵の人が持っている魔力ならばいっぱい食べて、いっぱい寝れば一晩で満タンまで回復するものだが、聖力は違う。俗に言う“清らかな場所”で神に祈る必要があるのだ。通常その“清らかな場所”は教会の女神像の前とか、人の手が行き届いていない自然の奥地などが当てはまるのだが……この元国家聖女、指名手配されるほどの逃亡者だったため、当然前者に立ち寄れるはずもなく。自然の奥地とか、都合よく通ることもなく。
逃亡してから四、五ヶ月程度。ろくに回復させずここまで来たのである。
……まぁ、元のバケツが規格外に大きかったとしても。井戸の浄化や村の結界、その他麦の成長促進などなど。これだけ白魔法をふんだんに使ってたら、そりゃいい加減限界も来ますよね。
ちなみに、この聖力。持っている人がレアなどで、無くなったら無くなっても生きていけるだろうと思いきや……ところがどっこい。無くなったら普通に命の危機である。あるべきものがないというのは、やはり身体にとっては都合が悪いらしい。
「まいったね、こりゃ」
「参ったどころの話じゃないでしょう⁉」
いつになく、イクスの指摘の覇気が強い。
でも、そう怒られてもねぇ……。
私はベッドの上で肢体を投げ出しながら、口だけ動かす。
「でも、神殿なんか立ち寄れないじゃん?」
「強奪しましょう。手近な神殿はどこですかね」
「いや、血まみれの女神像じゃ、おそらく聖力も逃げちゃうと思いますが⁉」
「では天然の聖地ですか。ゼロからの探索はやはり時間がかかりすぎますね。神殿に探りに行きましょう」
「やっぱり神官らが血祭りになる気がするのは気のせいかな?」
「……察しのいい聖女でも、嫌いにはなりませんよ」
にっこり微笑むイクスだが、目が全く笑っていません。
はあ……とため息を吐いても、事態はまったく改善しない。しかもだんだんと呼吸もしづらくなってくる始末。うーん……これはさすがにヤバいですかね。
などと乾いた笑いで誤魔化していると、珍しく私にぺっとりとくっついているピースケくんが、ますますそのモフモフな毛並みを私の頬に押し付けてきた。
「ほきゅー、ほきゅー」
「ふふっ、くすぐったいってばぁ」
でもそれが嬉しくて、思わずそのくちばしの傍にチューッとすると。
……ん? なんか、呼吸がラクになったような?
「……ねぇ、ピースケくん。もう一回チューしてもいい?」
「いいよ、いいよ!」
「ありがとう」
と、もう一回モフモフな小鳥にチューしてみれば。うん、やっぱり頭がスッキリ。そんな私に、イクスが不機嫌を隠さず訊いてくる。
「ピースケがどうなさいましたか?」
「いや、なんかピースケくんとイチャイチャすると身体がラクになるなぁって」
「……ゆるキャラパワー的な?」
「そんな気分的なものじゃなくて……ピースケくんって、聖鳥なんだっけ?」
「そんな大層なモノとは思えませんが、そうでしたね」
いや、エラドンナ山岳ではめっちゃ目をキラキラさせてたの、私覚えてますからね⁉
でもそう――ピースケくんはすっかり私達のマスコットキャラと化してましたが、その正体は聖鳥カラドリウスの幼生。聖鳥カラドリウスは、聖力を司る聖獣とされている神格的な生物で――もしかして、女神像と同様かそれ以上の聖力の回復効果があるのでは⁉
「イクスっ⁉」
それを閃いてイクスに話そうとすれば、イクスもその可能性に至ったのだろう。愕然と両手両膝を床についていた。
「どーして俺は、聖鳥カラドリウスじゃないのか……」
「うん、誰もイクスに鳥であることを求めてないから大丈夫だよ?」
でもとりあえず、希望は見えた!
ひたすらピースケくんとべったりイチャイチャしてれば、そのうち回復するかもしれない! 小鳥に嫉妬するイクスは……まぁ勝手に嫉妬させてればよかろう。
だって……私を殺して、また一からやり直しますか――なんて提案するのは、さすがに私もツライしね。
さて、それじゃあ私は当面ゴロゴロしますかと、ベッドでピースケくんを抱えたまま寝返りを打ってみる。そこで、私は気がついた。
「もしかしてこれは、ようやく念願のスローライフというやつなのでは?」
「俺は、もっと活力ある時に休息を満喫してもらいたかったのですがね」
「向かなかったねぇ」
「……全くです」
目を合わせて、イクスと苦笑し合う。
長い間、何度も生きてきて――ようやくわかった向き不向き。そんなどうしようもない自分がおかしくて堪らず、声をあげだしたときだった。
突如、窓の外に巨大な雷が落ちる。
そのバリバリとした音が地面を何度も揺るがし、村人たちの悲鳴が小屋の中にも聞こえてきた。
「ナナリー様っ⁉」
イクスは慌てて私を守ろうと覆いかぶさってくるけど……私は窓の外から視線を逸らさず、低い声で提案する。
「イクス、行こう」
晴れ晴れとした良い天気だったはずなのに、空にはたちまち重そうな雲が増えていく。温度も急激に下がったか。底冷えを感じるのは、気温のせいか。それとも嫌な気配のせいか。
「ですが、貴女様は今――」
「肩は貸してくれるのでしょう?」
私からの命令に、イクスは固唾を呑んでから。
「貴女様の、お望みとあらば」
と、丁寧な手付きで私の背中を起こしてくれる。そしてピースケくんを肩に乗せたまま、私はイクスの手を借りて小屋を出た。「ナナリーちゃん」と村人さんらが怯えた目で私たちを見てくる。子どもたちはみんな家の中に隠したみたい。元盗賊さんらが、慌てて各々武器を用意しているようだ。
そんなイクスの教育が行き届いた村の様子を尻目に、肝心の門へと向かえば。
「人間風情にしては、なかなかの結界だったな。さすが、何度も相見えた聖女だ」
みんなで一生懸命綺麗にした門が、瓦礫のように崩れてしまっていた。あの看板、子どもたちの手型で文字を作ったりしたんだよね。釘打ちを手伝おうとしたんだけど、むしろ指を打ちそうになってイクスにこっぴどく叱られたりとか。そんな私を見て、盗賊さんたちが指差して笑い出したから、イクスが再教育をし始めたりだとか――そんな思い出が、たくさん蘇ってきて。
なのに、その残骸の傍には、もっと強烈な思い出が佇んでいた。
それは私が初めて死んだ時に見たのと、同じ姿だったから。
黒い外套を羽織ったような。
浮き上がった青年型の影が、ゆっくりと赤い目を向ける。
「この姿で会うのは久しいな。聖女よ」
イクスの喉仏が大きく動いた。私はゆっくりと一呼吸おいてから、挨拶を返す。
「そうですね――魔王さん」