働きすぎたもの✕休めば治るとは限らない
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目覚めると、そこにはやっぱりイクスがいた。
窓に反射する自分を見ても、特に若返ったりしている様子はない。だから、私は死ななかった様子。良かった……もう少し、あの村の再興が進むところは見届けたかったから。
どうせ全部やり直しなんだから、無意味じゃないかって?
そんなことないよ。だって、全部私とイクスは覚えているんだもの。だから二回目はもっと効率よく。それこそ遠隔地にいても支援できることだっていくらでもある。とりあえずあの領主をあらゆる手で没落させる、とかね?
でもとりあえず、水をコップに注いでくれているイクスに「無事だよ」て伝えなきゃ。
どうせさ、心配で心配でツライですって顔して、「貴女様が居ない世界なんて、俺が滅ぼしてやろうかと思いました」とか平然と言ってくれちゃうんだから。いつもよくそんな恥ずかしい台詞をペラペラと言えるよね。昔はそうでもなかったと思うんだけどなぁ――と、
「ほら。起きたなら飲め」
差し出されたコップを「ありがとう」と受け取る。
そして喉に生ぬるい水を通らせながら……違和感を覚えた。
……懐かしい話し方だな。敬語じゃないんだ?
馴染みのない医術師でも呼ばれちゃったかな、と慣れた小屋を見渡しても、ここにはイクスしかいない。しかも、そのイクスも。とっくに私に背を向けていて、大きめの革袋を背負おうとしている時だった。
私は慌てて呼び止める。
「え、ちょっと。イクスどこに行くの?」
「どこも何も、貴様に告げる必要はないだろう」
「え?」
告げる必要あるに決まってるじゃん。
だって私、あなたの主人だし。……まぁ、国家聖女やめちゃったから、もうただの幼馴染なのかもしれないけど……でも、一緒にループを何回繰り返していると思ってるの? もう一蓮托生でしょ? 何か用があるにしても、もう少し――と、慌ててベッドを下りて、部屋を出ていこうとするイクスの背を引っ張るも。
それは舌打ちとともに雑に振り払われた。
思わず尻もちをした私を、見下ろしてくる菫色の瞳はとても冷たい。
「目覚めるまで居てやっただけ感謝しろ。もう俺に構うな」
「え、なに? どういう――」
「どうもこうも、赤の他人に縋られて構うほど、俺は女を必要としていない。むしろ虫酸が走るな」
もう、頭の中は真っ白だ。
イクスが私に『虫酸が走る』? それに赤の他人ってそんな……。
「イクス……?」
「なぜ俺の名を知っている?」
怖くて立ち上がれないけれど、それでも私は彼に向かって手を伸ばす。
だけどイクスの見下ろしてくる目に、温度はなかった。
「貴様は誰だ?」
―・―・―・―
「うあああああああああああああああああっ⁉」
私はただただ叫ぶことしかできなかった。
イクスが……いつも私に優しかったイクスが、誰だって……怖い目を向けてきて。私はただ、ベッドの上で膝を抱えることしかできない。
「やだ、やだよ、イクス……イクスぅ……!」
「ナナリー様⁉ どうしましたかっ⁉」
その聞き慣れた声が、とても怖くて。
何度肩を揺さぶられても。何度名前を呼ばれても。私は怖くて、顔すら上げられない。
だけど、
「ナナリー」
無理やり両頬に添えられた大きく固い手の熱さに、私は一瞬呼吸を止める。
ゆっくりと、ゆっくりと。呼吸を戻しながら見つめた先には、温かい目をしたイクスが苦笑していた。
「落ち着きましたね。どうしましたか、怖い夢でも見てましたか?」
「イクスぅ……」
その優しい顔に、思わず鼻を啜りだせば。イクスは「仕方ないな」と私を抱きしめてくれる。
「ほら、よしよし。……いくつになっても、本当にナナリーは子供みたいだな」
「イ、イクスは私のお父さんじゃないでしょ⁉」
「あぁ、当たり前だ。父親であってたまるか」
たとえ敬語じゃないとしても、今のイクスからは確かな『情』が感じられて。
あぁ……あれは夢だったんだ。
そのことにホッと安堵すると、私はこっそりと涙を拭いてから「ほら、離して!」と無理やりイクスの胸の中から離れる。
――が、その勢いのまま、私はベッドにドスッと倒れてしまった。
おやおや、起き上がれないぞ?
目をぱちくりさせながら木目の天井を見る私の頬を、何かがツンツンと突っついてくる。あ、ピースケくん。ピースケくんは何やら赤い実を私に押し付けながら、器用に鳴いていた。
「マナ、切れる。ほじゅーほじゅー」





