働かざるもの✕適度に休め
「世話になった。今度収穫の際には、鎌を持参しよう」
「はい、また」
そう言い残し、ミーチェン王太子は門の外からひとり転送していった。
いや~やっぱりすごいな、一人でこの距離転送できるとは。まぁ、王城でシャナリーも補助をしているとはいえ……一朝一夕の努力じゃ出来ないことだから。覚悟決まれば、きっともっと出来ることも増えていくんじゃないかな。
ちなみに一緒に連れてきたけど役立たずだった兵士さんたちは、もっと昔に徒歩で帰っていってます。その悪意たっぷりだった兵士らの調査なり処分なりは戻ってからするとのこと。でも、すでにある程度側近さんたちが目星は付けてくれているらしい。ザ・有能。その人らは今後も大切にしてあげてほしいな、と他人事ながら思う。
――と、私がいい感じで見送りを終えようとするも、そうは問屋が卸さない男がひとり。当然イクスさんである。
「また……? まさかナナリー様。あの男との再会を望んでおられるのですか?」
「え? まぁ……収穫のお手伝いはひとりでも多いほうが大歓迎かと思うけど」
まぁ、王太子が田舎町の麦の収穫にのこのこやって来るのはお立場的にどーなのかな~とも思いますけど。でもマイ鎌構えてやってくる王太子とか、ちょっと面白い。それに村の人達は喜ぶだろうしね。細やかな収穫祭の時とか、今までよりちゃんとお話できそうな気もするし。
なんて、私の心中を知ってか知らずか、イクスのこめかみはピクピクしている。
「麦の収穫など。貴女様のお望みとあらば、俺が一晩で終わらせてみせますが?」
「そんな過重労働ひとりでやらせないってば」
「慈悲深い貴女様のことは敬愛しておりますが、俺のことは度外視してくださって結構ですよ? 俺は貴女様に馬車馬の如く働かされてこそ、生き甲斐を感じるのですから」
ほんと……このひとは何を言っているのかな。
もうずっと寝てないくせに。全身泣きたくなるほど痛いくせに。
私の前では、まったくその素振りを見せないから。そう教えてくれた魔王が嘘を吐いたんじゃないかって、疑いたくもなるけど。どうしてだろう、私はあの夜の話を嘘だとは思えなくて。
「……ちなみに、他の人がイクスを使おうとしたら、どうなるのかな?」
「は? 勿論、問答無用で叩き伏せてからもう一度聞き直しますが」
「怖いってば」
「まぁ、先程の言い方を若干訂正するとしても……貴女様はもっと俺にわがままでいいんですよ? 存分に甘えてくださることこそ俺の喜びだと――もう骨の髄まで理解しているでしょう?」
「……それはどうだろう?」
骨の髄とか、やっぱり言い方……。しかも視線がなんやらねっとりしている気がするのも……まぁ今更ではあるのですが。だけど、今日はずいぶんしつこい。
「なので、もっと遠慮せず俺を求めてくださいね?」
「気が向きましたら」
さぁシレッと流して今日も働こうかなぁ、と踵を返そうとするも、イクスは私の顎を掴んで、顔を近づけてくる。
「もっと俺を欲して。もっと必要としてください。俺なしでは生きられないようになりましょうね」
その蕩けた顔は、とても幸せそうで――私は彼から、目を背ける。
そんなこんなで時は流れて、二週間後。
今日は集落総出で麦の刈り入れ作業に勤しんでいた。冬も近いはずなのに、なぜか今日は暑いくらいの気候で。かんかんの陽射しにやられないように麦わら帽子を被っていた。他の作物も順調に育っているし、この調子でいけばそれらを町に卸して集落が潤すことができる。病気も快方した人が増えて、人手がさらに増えたしね。
ちなみに先月種まきしたばかりじゃないか……と言うかもしれませんが。えぇ、もちろんひっそり元国家聖女が作物の成長をフォローしているのはここだけの話。チート言うなかれ。食うためならば手段を選んではおられぬ。はい、領主館から巻き上げてきた食料たちも底が尽きたので、本格的に食い扶持確保兼行商できる代物が欲しかったのです。
色々と超特急の復興作業だが……朽ち果てた茅葺き屋根も、徐々にタイルや漆喰のものに変えさせていた。黄金に輝く稲穂との対比が、遠目に見ても美しい。私がのんびり生活できる日も、そう遠くないだろう。
「ナナリー様はそろそろお休みを」
遠くから、同じように繋ぎに麦わら帽子姿のイクスが声をかけてくる。どうしてそんな格好でもカッコいいのかな? そんなくだらないことを考えながらも、私は首を横に振った。
「まだ作業始めて一時間だよ? まだまだ大丈夫だって」
「貴女様の『まだまだいける』を信用できるわけがないでしょう。それで何回命を落としたと? ただでさえ寒暖差の激しい異常気象です。大事をとるに越したことはございません」
ちょっとループのこと言ったら……⁉︎
だけど一緒に作業しているみんなは微笑ましいものを見るように「またかー」「今日も見せつけてくれるねー」とあたたかい野次を飛ばしてくるのみ。もうっ、私たちは見せ物じゃないってば!
だけど、「ほら」と言うイクスは一向に眉間の皺を緩めてくれないから……、
「お水飲んだらすぐ再開するからね!」
と、木陰に向かおうとひとり、脇に逸れようとする。
まったくもう、過保護だなぁ。
えーと、この休憩時間も無駄にはできないよね。あと何をしなきゃいけないのかなぁ……麦が十二分に獲れたら、売りに行かないとだよね。だけどそのまま売るのも伝手がないとなかなか売れないだろうから、付加価値とか加工の手立てを考えないと。それと平行して、村の結界の確認もしとかないと。あと暑さで井戸の水が腐ってないかも確認しとかないとな。
などと、考えていると。急に世界が回転し始めた。あれ……? 空って、こんなにも眩しかったっけ……目を開けてられないや……。
「ナナリ……ナナリーっ⁉」
イクスが私を呼ぶ声がする。
この声、やだな……私が死ぬ時、いつもイクスが苦しそうに私のことを呼ぶから。死ぬことには慣れても、この声だけは、どうにも慣れなくて……。
あぁ、世界がまぶしい……ふふ、陰になってどんなに泣きそうな顔をしてても、やっぱりイクスはカッコいいな……。なーんて。さすがに心配してくれているイクスに言ったら、怒られるのかもしれないけど。







