ミノムシ再来✕そして何度も飛んでった、その後。
だけど、ミーチェン王太子はくどかった。
どこからか二時間かけてヨレヨレと帰ってきたかと思えば。
「さ、再挑戦は可能か⁉」
「あぁ、何度でも受けて立つ」
また三秒後に飛んでいって。
そして、また二時間かけて枝を杖代わりにしながら戻ってきたかと思えば。
「ま、まだまだ~!」
「心構えだけは良しッ!」
と、今度は二秒で飛んでいって。
……なんか、空しいなぁ。
日も暮れてから戻ってきたミーチェン王太子は再度イクスに挑戦を望んだけど「俺の夕食を邪魔するな」と広場の焚き火の隅で膝を抱えていた。服もボロボロ。靴も不慣れな山歩きに難儀したのか、靴底がパカパカ外れかけている。その哀れな姿に、村の子供達が「おーじさまがんばれ」とお椀を差し出していた。
「あした、あたしが草鞋つくってあげるよ」
「おれの古着あげようか?」
「ぼくもいっしょに勝てる作戦考えるよ!」
ちなみに今日の夕食も鳥と野草のスープ。……まだまだ食事のバリエーションを求められる村じゃないからね。それでも、ミーチェン王太子は鼻を啜りながら「感謝する……」とお椀をチビチビと飲んでいた。私より年上王子様、これでいいのかな?
そんな光景を眺めながら私もスープを飲んでいると、その親御さん達から声をかけられる。
「ねぇ、ナナリーちゃん……あの王子、本物なのかい?」
「……えぇ、残念ながら」
「その……外でまだ転がっているのといい……大丈夫なの?」
ちなみに外で転がっているのとは、結界の雷槌を受けた兵士らだろう。半日近く経っても、まだ誰も起きていないようだから……それこそミーチェン王太子の思惑とは異なり、しっかり“悪意”持っていたんだろうなぁ。それこそ私の『始末』でもどっかの大臣らから命じられていたのかな?
「夜中のうちに、遠くに捨てておきますね」
視線でイクスを見やれば、お椀を一気に飲み干した彼は大きく頷く。そして「野郎ども!」と元盗賊さんたちに命じ始めた。その間、私は再度結界の調整かな。さすがに雷は村の人達を驚かせちゃったから、始めから遠くに弾き飛ばすような結界を張っておこう。イメージはミーチェン王太子のおかげで掴めたと思うし。
そんなこんなで、次の日も。そのまた次の日も。
あっちこっちで「あれ~~!」と色んな人が飛んでいく愉快な日々を過ごし。
『ねぇ、お姉ちゃん。ミーチェン王子、まだ懲りないの?』
「イクス曰く、意外と筋が悪くないらしいよ」
『えぇ~、うっそだぁ~~』
一ヶ月毎日午前中に二回、午後に三回吹き飛ばされて、そのたびに下山を繰り返し。私の目から見ても、体つきが一回り大きくなった気がするミーチェン王太子。ちなみに吹き飛ばされるまでの時間が五秒くらいに増えて、戻ってくるまでの時間が半分の一時間となっている。快挙……なのかな?
そして、私は『国家聖女』様との定期的な情報交換だ。
「それで、王太子不在で王城は大丈夫なの?」
『ある意味平和だよ~。何か大きな事案あげてくるオッサンたちが来ても『王太子が戻らないと何とも~』て全部戻しているから。ただ戻ってきた後は大変かも。色んな陳書が王子の執務室の中で山になってる。あと側近さんたちが毎日泣きながら、体力補助の魔法を依頼してくる』
「ダメじゃん、それ」
つまり王城内のゴタゴタを有能な側近さんたち(国王陛下が倒れる前に直々任命していた人たちだと思う)がなんとか裁いてくれているわけだ。そーだよねぇ、どんなに無能でも、指示のトップがいないと不便が多そうだもんね……。
なので、そろそろミーチェン王太子を帰さないと……などと考えていると。
「あと三日だけ堪えろと伝えてくれ」
川で洗濯物の手伝いをしながらシャナリーとお喋りしていた背後から、麦わら帽子を被り、鍬を担いだミーチェン王太子が声をかけてくる。空いた時間は積極的に農作業を手伝ってくれるようになったのだ(イクスが命じていたらしい)。
そんな王太子にシャナリーが「りょ~♪」と気安く了解してから「あっ」と通信が途切れるのを見届け(さすがの態度の悪さに、私に説教されると悟ったな?)、私は振り返る。……ほんと肌も黒くなったな。
「もう私のことは諦めるんですか?」
「むっ、諦めてほしくないのか?」
「いや、それは諦めてほしいんですけど」
私の真顔の返答に、ミーチェン王太子は気さくな苦笑をして。
「すまんな、どうせなら明後日の種まきだけは手伝いたいんだ。村人たちには世話になったしな」
「覚悟は決まったんですか?」
その質問に、ミーチェン王太子は遠くを見上げる。
これほどの地獄を経験してるんだ。王城のオッサンたちなど、どーってことない――と。
……それでいいのかな?
「コラァッ! いつまでサボっている⁉」
「はひっ⁉」
その時、噂の地獄の鬼教官に呼ばれ、肩をビクつかせる王太子。
ちなみに彼、空いた時間に子供たちに文字の読み書きや建国の歴史などを教えるようになったが、元盗賊さんたちとも肩を組んで歩く仲である。同じ地獄を生き抜いた仲間として……。
そうしてたくましくなった王太子は「ではな!」と慌てて畑へ戻っていった。手を振って見送ると、入れ違いでイクスが近づいてくる。
「ナナリー様もそのくらいで。御手が荒れてしまいますよ?」
「そんな今更」
手荒れなんて気にしてたら、再興作業なんて出来やしない。
私は残りの洗濯物をジャブジャブと洗いながら、イクスをニヤリと見上げる。だって、あーだこーだ言いながらも、結局ミーチェン王太子の面倒みたの、全部イクスだもんね?
「イクスもなんやかんや、優しすぎるよねぇ?」
「おや。〈地獄から来た地獄〉なんて異名が付いた俺に、優しいとは」
「なに、その異名。誰が付けたの?」
「さあ? 先日王太子らと元賊らが、夜な夜なそんなことを話していたそうで――ちなみにその翌日は、一際強烈にしごいてやりましたが」
地獄耳の鬼教官とか……それは本当にご愁傷様としか……。
せめてもの報いとして、川の水で冷え切った手でイクスの頬にペタッと触ってやる。あとでビックリしたイクスの顔を面白おかしく話してあげようと思ったんだけど――
「――え?」
驚いた顔の一つでもするかと思いきや……その熱すぎる頬に、驚いたのは私の方。
そんな私にイクスは私の手を掴んでは、そのまま幸せそうに頬を擦り付けてくる。
「貴女様の手は……いつでも気持ちいいですね」
「……イクスよりは、若いですから?」
「ふふ、お望みならもっと子供扱いしてあげましょうか」
私を高い高いしようとしてくる彼に、私は下がりそうになる口角を必死にあげて「遠慮します」と答えるだけで精一杯だった。
私が覚悟を決めるときも――そう遠くはなさそうだ。