ミノムシ脱却す✕そして彼方へ飛んでった。
「ナナリー様が不味そうと仰るものをお出しするわけにはいきません」
そう従者として真っ当(?)な判断をしたイクスにより、なんとか命拾いしたミーチェン王太子は、今にも丸焼きにされそうに吊るされながらも。ヒックヒックと泣きながら語り始める。
「オレ……貴殿などの力など借りぬとも……ひとりで出来るかと、思って……」
「イクス、人払いを」
「そうですね」
そうしてイクスが村人たちを遠くにやっている間、私はシャナリー映る桶を抱えたまま、ミーチェン殿下の傍に座った。
「城に貴殿がいる間……皆が貴殿を頼りにしていた。父王の代わりは、オレだというのに……なにかあれば、すぐに聖女様、聖女様と……」
う~ん、そうだっけかなぁ……。
確かに仕事柄、お城で働く方たちの懺悔や悩みを聞くことも多かったけど。だけど実際手を貸したりすることは……まぁ、できそうだったらイクスに相談してながらやってたっけ? 多分、今とそう変わらなかったとは思う。
正直さ……三✕十一年前のことなので、相当うろ覚えなのですが。
まぁ、そこは柔和な笑みで誤魔化すという術を、その長い期間に覚えているわけで。
その間にも、ミーチェン王太子は続ける。
「それに……貴殿の不在をシャナリー殿に穴埋めしてもらっているが、正直徐々に苦情が届き始めている。聖女じゃない彼女に無理を強いているのが悪いが、どうしても貴殿と比べると……余計な一言が多いらしく」
……ちょっと我が妹よ。王城で何をしてるのかな?
と桶を覗いてみたら、急にシャナリーの姿がぽちゃんとただの水面に落ちて消える。ちょっ……逃げた! あの子都合が悪くなった途端、逃げたよっ⁉
ほんと調子いいんだから~と嘆息していると、代わりに(?)イクスが「人払い終えました」と戻ってきた。その時だ。
「なぁ、聖女よ……オレは、やはり王子として足りないものが多すぎるのだろうか。 ラーマンの代わりに、オレが死ぬべきだったのだろうか……」
ここでお悩み相談ですか。
ラーマン王子とは、ミーチェン王子より二つ下の弟王子だ。数年前に、流行り病で亡くなっちゃったんだよね。幼いのにとても有能だったとして……多くの人が将来を期待していたらしい。そのコンプレックスは……五回目の時かな? なんとなく把握することは出来ていたんだけど。結局そのお悩み解消をしてあげることはできなかったんだよね。そもそも……こちらは縁を切りたいと言われていた立場だし。
まぁ、そんなことは置いておいても。聴き逃がせないことを言ったな?
「イクス。このロープ切って」
「御意」
珍しく私の命令通りに、イクスはミーチェン王太子を吊るしていたロープを切ってくれた。ドスンと落ちた王子は「ひぎぃっ」とお尻と背中を痛がっているけれど。私はさらにその頭に無言でチョップを食らわす。
すると、王子は「なっ⁉」と目を見開いていて。イクスはともかく私から物理的に攻撃されるとは思ってなかったのかな?
でもね……さすがにナナリーちゃん怒っているわけですよ。
「今の台詞、ラーマン殿下の前でも言えるんですか?」
「そ、それは……」
ラーマン殿下ご存命時、私はまだ登城してなかったから。実際の兄弟仲を知らない。
でも、ここで言葉に詰まるってことは、結構仲良かったってことだよね?
「もしかして、魔王討伐とかもそのコンプレックスを払拭するためのものですか?」
「よくオレが密かに立案用意していたことを知っているな。……誰もが成し遂げられなかった偉業を果たせば、オレも認められるかと思っていたのだが」
……こんな想像は当たらなくて良かったんだけどな。
そっかぁ。死んでしまった相手へのコンプレックスとか……どうしてあげればいいんだろう? 基本、死んでしまった人って美化されてしまうものだから。それを超えるってのは難しいことだよね。
私がしてあげられること、何かなぁ……。
顔を逸らし続ける殿下をぼんやり眺めていると、誰かに肩を叩かれる。振り返ると、やっぱりイクスだ。彼は私の耳元に口を寄せて。囁くようにこう言った。
「そんな悩ましい顔をしてないでください……食べてしまいたくなる」
「何を⁉」
「ふふ、貴女様は優しすぎるんですよ」
そう笑ったイクスは、そっと腰を上げて。そしてスラッと剣を引き抜いて、剣先をミーチェン王太子に向けた。
「俺のナナリーを奪いに来たと言ったな? それなら、俺から力づくで奪ってみるがいい」
ちょっとイクスさん⁉ なんで話をわけわからん方に戻してくれてますかな⁉
目を真っ赤にしたミーチェン王太子が、イクスの発言にぽかんと口を開く。……私も同じなんだけど。だけど、イクスは口角を上げるだけだった。
「どうした? まさか、泣き落としで女を口説けると、本気で思っているわけじゃあるまいな」
「そ、それは……」
いや、下手な血みどろ勝負されたとて、私はまるで嬉しくないのですが……。
それなら泣き落としの方が健全で好ましいです――などと口を挟む余裕もなく、イクスは続ける。
「それに? ここは領館を掌握するほどの悪党が住まう村だ。そこに囚われていた聖女を無事に王子が一人で救い出すことができたら……それはなかなかの美談だと思わないか?」
「た、たしかに……」
あ~、ミーチェン王太子の瞳に闘志っぽいのが宿り始めた。
え、これいいの? このままイクスに任せちゃっていいの?
そして、イクスは王子の前に剣を替えの剣を放り投げる。
「さぁ、剣を取れ――これは、男と男の勝負だっ!」
「……わかった。望むところだぁ‼」
こうして王子VS悪の頭領(元国家聖女専属騎士)の闘いが始まった。
そして三秒後、王子は山の彼方へと飛んでった。







