ミノムシの蓑の中✕妹の腹はすでにねじ切れている。
ミノムシとは、蛾という蝶のような虫の一種である。その幼虫が作る巣が藁で作った蓑という外衣にそっくりなため、ミノムシと呼ばれるようになったのだとか――と、この話を教えてくれたのは、イクスのおばあちゃん。とーーっても元気な方で、イクスと私に身体の動かし方を教えてくれたのもおばあちゃんである。東洋出身で、いつも面白おかしく東洋文化を教えてくれた、私の大好きなおばあちゃん。
そんなおばあちゃんは言っていた。
『罪人を晒すには、ミノムシ状態にするのが一番さね。見栄えがわかりやすく無様で』
おばあちゃん……おばあちゃんの孫は、その教えをしっかりと受け継いでいるよ……。
「こんな侮辱が許されると思っているのか、オレはアルザーク王国の王太子、王太子だぞおおおおおおお⁉」
「はーはははははっ。許されようが許されなかろうが、ここは悪党の住まう地獄村だからなぁ。権力なんて意味ない! 弱肉強食! 俺のナナリーを奪おうとする愚か者を殺さないだけ慈悲深いと感涙してもいいんだぞっ‼」
高笑いをあげる孫イクスさんは、広場にある大きな木からぷらんぷらんぶら下がるミーチェン王太子を鞘入り剣で突っついていた。あ~……いつにも増してご機嫌良さそうですね……。
そしてその取り巻きもとい厳つい盗賊さんたちは、それを「やんややんや」と囃し立て、そのさらにまわりを普通の村人さんたちがコソコソと見守っている状態である。
そして、さらにさらに。
『ぷ~くすくす。うっける~。まじでミノムシじゃん、王子かっわいい~』
「……可愛いかな、あれ」
私の持つ水桶から水が立体的に浮かび上がり、そこにシャナリーの立体投影。妹よ、遠隔的に水を操作するとか、天才すぎやしませんか? 才能の無駄遣い感が否めませんが。
ともあれ、ぷら~んぷら~んしているミーチェン王太子の涙目と私は目が合って。
途端、王子は息を吹き返したように叫びだした。
「聖女ナナリー! 頼む、どうかこんな情けないオレを助けると思って、どうかヨリを戻してほしいっ‼」
……ちょっとやめてよ、ミーチェンさん。
本当に情けなさすぎて、思わず手を貸したくなってしまうじゃないか。
抱腹絶倒なシャナリーの桶をちゃぷちゃぷさせながら、私はイクスに近寄る。
「……下ろしてあげませんかね?」
「貴女様は本当にその下衆とヨリを戻すおつもりですか⁉ 俺以外の奴と⁉」
やめて、イクスさん。もうシャナリーが息出来てないです。
でもよくよく考えたら、この台詞って自分も『下衆』だとも捉えられるよね。……それでいいのか、イクスさん――なんて現実逃避しつつも、私はなんとか言葉を絞り出す。
「ヨリを戻すつもりは一切ございませんので」
「ならば、どうして下ろす必要が? あやつは俺らの敵では?」
「敵……ではないんじゃないかなぁ」
そりゃあ、婚約破棄は最初ショックではあったけれど(十二回目ともなれば慣れたもんですよ!)。ミーチェン王子が原因で死んだことも何回もあるけど。
「俺はあいつが嫌いです!」
「……私もまぁ、好きではないかな」
「ならば生死は問わん! 総員、かかれぇっ‼」
イクスの号令に、元盗賊さんたちは再び武器を掲げて『おおおおおおっ!』と雄叫びを上げる。
「生死は問うて⁉」
私が全力で突っ込んでいる腕の中で、我が妹シャナリーは苦しそうに引き笑いをしておりました……。
「そりゃあ、たらふく王子に恨みありますよ。根本的に王様がしっかりしてくれたら、おれっちらが落ちぶれたりなんてしないんすから」
そんな盗賊さんらの意見に、村人さんたちも同意らしい。まぁ、そりゃあそうですよね……。領主の管理とかも、王様がしっかりしてくれたら……ってなりますよね。国王陛下が病気で伏せていることは、皆さん承知とのこと。なので、代わりに王様業をこのミーチェン王太子が担っていることもご存知らしい。
「まぁ、こんなミノムシだったら仕方ないかなぁとも思うけどねぇ」
「もっと他にさぁ、まともなのは居なかったのかねぇ」
「大臣らは一体何をしているのやら……」
その言いたい放題に、地面に落ちた(私の命令にイクスが渋々斬ってくれました)ミノムシことミーチェン王太子は、うごうごとしながら渋い顔をしている。おや、弁明はしないんだねぇ。
私はみんなが見ている中、相変わらずぐるぐる巻きで転がる王子に近づいてみた。
「ご自身の為政に問題があったとご自覚が?」
「…………だから、君に助けてもらいたいと頭を下げに来た」
「だったら、どうして婚約破棄などご提案してきたんですか?」
よくよく思い返せば。
最初からこの王子、婚約破棄を『お願い』してきてたんだよね。『何も言わず、僕との婚約を破棄してくれ!』て。普通ならさ、もっと偉そうに『おまえとの婚約は破棄する!』て命令でいいんだよ。国家聖女とて、権力は王太子に敵わないんだから。
その理由として、ミーチェン王太子はこう答えた。
「…………オレにはもっと真実の愛で結ばれた相応しい伴侶がいる気がして」
「よし、今日の晩餐は王太子の丸焼きにしようっ! 者ども、火の用意をっ‼」
イクスの勇ましい号令に、善良な村人(+シャナリー)が『オウッ‼』と返事している。
それに、もう色々とつかれた私は、「今日の夕飯まずそうだなぁ」と感想を漏らした。







