聖女の結界✕我が妹は可愛い。
ミーチェン=ウィルス=アルザーク王太子殿下。
彼は黙っていれば美青年と呼んでもいい王子様だった。黒髪。青い目。長身痩躯。肌も白く、まさに“王子様”にぴったりの風貌の十八歳――私よりひとつ年上。
彼は国家聖女との婚約を破棄しようとして、その後も度々『魔王討伐』などと突拍子もない政策を打ち出したりするも――全くの無能というわけではない。少々まわりの意見に流されやすい気はあるものの、根は努力家。特に魔導に秀でた才能はないものの、『いつか役立つ』と転送魔法だけはマスターした秀才である。王子じゃなければよかったのにね、とは言わないでおくけど。
そんな王子様が今、“地図無し村”の門の前でピクピクと行き倒れていた。
まわりには同じようにピクピクと倒れた身体を跳ねさせた兵士たちが三十人くらい。甲冑の文様なら、城の常駐している兵士たちだ。若い人が多いから……本当に急ごしらえでその場にいた兵士を集めてきたんだろうな。
「ナ……ナナリーちゃん……急に兵士たちが現れたと思ったら、またもや急におっきな雷が……」
「あー、その雷が結界の効果です。きちんと働いて良かった良かった」
なんて、急過ぎる出来事におびえていた村人らを宥めつつ。
服は着たけど髪は濡れたまま。雑にしか拭けていないピースケくんを肩に乗せて。私は先頭で倒れていたミーチェン王太子殿下の傍に屈んで、ツンツンとその辺に落ちていた枝で突っついてみる。
すると、王子はよれよれと手と顔を上げて、こう言った。
「すまん……オレが悪かったから……ヨリを戻してくれないか?」
「へ?」
その言葉に、真っ先に反応したのが(きちんと服を着た)イクスだった。
「今すぐ殺処分だ。野郎ども、かかれぇいっ!」
それに、イクスが迷わず威勢のよい命令を下す。それに答えるのは善良な村人もとい、久々の荒事の匂いにソワソワしていた元盗賊さんたち。『おおおおおおお‼』と野太い声があがるなか、私は喉が痛くなるくらい声を張り上げた。
「ちょぉ~っと待とうねっっっ⁉」
「ねぇ、シャナリー……ヨリを戻そうとか言われた気がしたんだけど、空耳だよね?」
『いやぁ~、お姉ちゃん。さすがのあたしでも、その場に居ないのに空耳かどうかの判断は出来んわ』
ごもっとも。
だけど、他に相談する相手もいなかったもんだから――井戸から汲んだ桶の水に映る我が頼れる可愛い妹シャナリーに向かって愚痴る姉。どうせこちらを窺っているだろうと名前を連呼してたら『そんなにあたしが好きなの⁉』と通信を繋いでくれました。大好きだが?
そして私は村の中で一番綺麗な小屋(イクスと盗賊さんたちが建ててくれた現在の棲家)にて、私は髪を改めて拭きながら、桶に向かってため息を吐く。
「いや~でもさぁ。逃亡中の聖女が追ってきた王太子をぐるぐる巻きにして木から吊るしてるってヤバくない?」
『まぁ、出る所出られたら死刑になってもおかしくないよね』
「ど~しよっ。かと言って、私が勝手に下ろしたらイクスが『貴女様は本当にその下衆とヨリを戻すおつもりですか⁉ 俺以外の奴と⁉』なんて言ってきそうで怖いんだけど」
『あはは~。さすがお姉ちゃん似てる~。俺以外も何も、俺とは別れてないのになんか言いそ~』
「そもそも付き合ってもないんだけどね……」
ちなみにピースケくんは「たのしそー」とイクスにくっついて外にいます。楽しそうとは?
私が再びため息を吐いていると……いつの間にか水面の向こうでクッキーを食べていたシャナリーが固まっている。「ん?」と小首を傾げれば、シャナリーは紅茶を一口飲んでから人差し指をこちらに向けてきた。
『お姉ちゃん……イクスさんと恋仲じゃないの?』
「……違いますけど」
いや……その……私はイクスのことが好きだけど? そしておそらく(十中八九)イクスも私のことを好いてくれてますけど。でも……ね、ほら。語るには長い事情がありまして。両思いになったら、イクスが私のこと忘れちゃうとか……そんな呪いがあるループ十二回目のお姉ちゃんですから。
そんな気まずさに目を逸らしたいのに、シャナリーは逸しきれないほどの大声をあげた。
『はああああああああ⁉ え、だって駆け落ちしてんじゃないの、お姉ちゃんたち⁉』
「これはただ……私が聖女のおつとめ疲れたから逃げてるだけっていうか……」
『嘘だぁ。絶対嘘だぁ! だってお姉ちゃん根性だけが取り柄みたいなもんじゃん⁉』
ひでーや妹。お姉ちゃんだって他に取り柄もありますとも。白魔法とか。白魔法とか。国家聖女に選ばれちゃうほどの白魔法とか。……まぁ、今はその国家聖女を妹に代わってもらっているわけですけど。その妹はさらに黒魔法にも精通している超天才美少女魔道師なんですけど。はぁ。
だとしても、ダメなお姉ちゃんにはお姉ちゃんなりの苦難があるわけです。
「まぁ、シャナリーに迷惑かけといてこんな感じは本当に申し訳ないと思ってるけど……」
『いや、あたしよりさ~。イクスさんが可哀想じゃない? 早く『わたしも好き~♡』て言ってチューの一回でも二回でもしてあげなよ~。絶対に喜ぶよ?』
もう……ここに来て自分よりもイクスの心配ですか⁉ ほんっといい子だなぁ、うちの妹‼
そんな時、小屋の外から「ぎゃああああああああ」という絶叫が聞こえる。
これはミーチェン王太子起きたかな?
「ごめん。ちょっと様子見てくる」
『あ、それならあたしも~。ミノムシ王子見たい~』
そんな可愛い妹の要望に応えて、私は水桶を抱えて広場へと向かう。





