ぬくぬく温泉✕妹からの凶報
というわけで、温泉である。そう――温泉なのである!
なんでこんなテンション上がってるかって? 上がるに決まってるじゃん。私だって女の子だもん。
あたたかい湯浴みなんて、それこそ城を出てからもう三ヶ月? 四ヶ月? それ振りである。川とかで定期的に髪など洗ってたけど……やっぱりあたたかいお湯に浸かるという行為は、身体の疲れを癒やしてくれるというもの。この極楽が貴族だけの特権っていうんだから……やっぱりまだまだ不平等な世の中だと思う。どうしたら大勢にこの極楽文化が広まるかなぁ……。
なんて考えつつ、私はそそくさと服を脱ぎ、ワクワクとその白きにごり湯に足を浸けた。
「くぅ~っ♡」
じわじわと冷えた足先から血がめぐる感覚。まさに天国!
山間の中に湧いていた小さな源泉を、数人入れるくらいのサイズに広げてくれたのはイクスと元盗賊数名である。ひと通り全員分の草鞋が作り終わったからね。その次の作業ということで。ちゃんと縁と床に石を詰めて、その隙間を埋めるように土が塗り込められている。
なぜここまでしっかり作っているかというと……“入浴”という行為は健康に良いからだ。それは今までのループ生活で研究したこと。でも国王陛下のように病気真っ最中の方は体力消耗の方が激しくてダメだったんだけどね。それでも快気方向にあるような人には、定期的な入浴は健康促進に大いに役立つらしい。
だから、ゆくゆくは長い病から立ち直りつつある村人さんたちも連れてきて、温泉に入らせてあげようと……そういう作戦。それでもここまで来るまでの足場が悪いから、当面先のことになりそうだが。
え、私はどうやって来たかって?
それはご満悦のイクスに運んで…………なんでもないです。
私はじわじわと足から浸かり、ずるずると身体を沈める。きちんと座って胸くらいの位置。私は寝そべれば肩までいけるけど、男の人には浅いかな? そこは今後の課題ということで――私は振り返って、縁で待っていてくれたピースケくんをそっと浸けてみる。
「くぅ……」
……ぷぷっ。なにこの極楽顔⁉ 目をまったり細めて、ふわふわの真っ白い毛もへたりついているのに……可愛い。ものすごーく情けなくて可愛いっ!
まぁ、私もこの極楽の中じゃ人のこと言えないけどね~、と、
「気持ちいいねぇ……」
「きもちーね」
と、二人でまったりし始めた時だった。
「お湯加減は如何ですか?」
降ってくるイクスの声に、
「最高でございます~」
「ございまする~」
二人でうとうとしながら答えながら――私はハッと目を開けた。
あの……イクスさん。どうして堂々と裸なのでしょうか。服越しだと細身にも見えるけど、脱いだらすごいですね? 下履きは履いてくれているようですが……その、張りのある胸筋が見事ですね? 腹筋がしっかり六つに割れていて見事だと思いますが……その……私は裸です! お湯がにごり湯なのが幸いですが……私は裸なんですよっ⁉
「イ、イクスさん⁉ 何をなさっていらっしゃるのでしょうか⁉」
「何と仰られましても……混浴させていただこうかと」
そんなさも当然とばかりに言わないで⁉
慌てて脇に置いていたタオルで身体を隠そうとしても、「一枚しかないんですから、濡れたまま服を着ることになってしまいますよ」と私より長い腕で遠くへとやってしまう。
そんなイクスは、従者然した完璧スマイルだった。
「そんな何を慌てて。俺は貴女様の幼馴染でもありますからね。貴女様のおむつも替えさせていただいたこともありますよ?」
「わ、私はイクスのおむつ替えたことないもんっ!」
「そりゃあ、俺の方が年上ですから。残念でしたね?」
残念なの⁉ イクスのおむつ替えさせたことない私が残念なのか⁉
そんな時、湯面が不可解な揺れを見せる。それはイクスが浸かった水面の広がりとしては不自然に丸く――その中央部分だけが透き通っていく。そして現れた見知った顔と目が会うやいなや、美少女の顔がにんまり歪んだ。
『おやおや、お二人さん。お盛んですな~』
「そんな言葉、どこで覚えたの⁉」
「ご無沙汰しております、シャナリー様。息災でしたか?」
水面に映る私に瓜二つの顔、年子の妹シャナリーは「どうも~」とイクスに気安い挨拶を投げかけていた。
『イクスさん、お久しぶりです。てか、言葉固いですよ~。もうすぐ義兄になるんですから、もっと昔みたいにラクに話してくださいよ~』
「ははっ、そうだったな。それはすまない」
「すまないじゃないってばああああああ‼」
私がポカポカイクスを殴っていると、イクスはにんまりと「見えますよ? いいんですか?」と目を細めてきて。くそ~っ。私はブクブクと身体を沈める。隣ではピースケくんが「ごくらく~」とぷかぷか浮かんでいた。我関せずが羨ましいよ。はあ……。
「で、シャナリー。いきなりどーしたの?」
すると途端、シャナリーが顔をしかめた。
『……お姉ちゃんさ、今タンビュランスの地図無し村の辺りだよね?』
その地名と“地図無し村”という単語に、思わず眉が跳ねる。まぁ、水鏡通信術で相手の場所を把握できるもんね? だけど、嫌な予感というのは当たるもので……。
『先月くらいにタンビュランスの領主に、なにかした? 突如暴動が悪化して盗賊討伐に、兵士派遣要請が提出されて、今ミーチェン王太子自ら転送魔法を――』
その時だった。突如村の方に巨大な雷槌が落ちる。その衝撃音は水面越しのシャナリーにも伝わったらしく。彼女は苦笑いを浮かべながら頬を掻いていた。
『ごめん、遅かったみたいだね……』







