順調な復興作業✕完璧なる結界
「ナナリー。飯だ」
それから一ヶ月。
村は徐々に活気を取り戻し始めた。
病にふせっていた人たちも、清潔な環境と栄養満点の食事でだいぶ回復。今では村の復興に勤しんでくれている。
どこから栄養満点の食事が出てきたって? そりゃあ領主さんからの『善意』が主だけど……盗賊たちが貯め込んできた財宝も本当に善意で分けてもらった。なんかどこかに山のどこかに隠していた分を持ってきてくれたの。あまりの量にイクスまで『いいのか?』と聞いていたけど……盗賊さんたちは笑顔で『金のちゃんとした使い方を教えてください』と来たもんだ。
なのでありがたく、何人かの盗賊さんたちを引き連れて近隣の町から材料を買い込んできた。炊き出しもみんな慣れた様子だね。あとはなんやかんやで(ほんと気がついたら増えていた)総勢五十人くらいに増えた盗賊たちのお仕事。
……なぜ人数が増えたか? 領主をぶちのめした新頭領がイカシテいる(?)との噂を聞きつけて、本当になんでか集まってきたの。まぁ、忠実な村人が増えるのはこちらも有り難いので……とりあえず、イクスと私はそんな彼らと村人をまとめる復興作業の総監督みたいな役割を務めている。
だけど、この頃から私の食事だけはいつも別メニューになっていた。検診がてら、まだ起き上がれない村人に炊き出しのくたくた野菜を混ぜたお粥を運んでいた私に、イクスが持ってきたのは――今日はオムライスらしい。夕陽を浴びて、ふわとろ卵が黄金色に輝いて見える。ほのかに甘い香りに、私のお腹が小さく歓声をあげた。
しかし、私は顔をしかめる。
「ねぇ、イクス……私もみんなと同じ食事でいいよ?」
「何を馬鹿なことを。それでまた毒でも仕込まれたらどうするんですか?」
……そうね。それで死んだ時もあったね。あれからどのループ生活でもイクスが私の食事を作るようになったよね。
でもね、百歩譲ってイクス特製ごはんを食べるにしても、もっと他のがあると思うの。
「卵の在庫は少なかったと思うんだけど?」
「そんなの、あんたの分だけ別に仕入れているに決まっているでしょう」
「でも、奪ったおたから……コホン。寄付も残りは少ないと思ったけど」
「それがご安心を。俺が別途小遣い稼ぎしていますので。俺の小遣いをどう使おうが構いませんでしょう?」
「まあ、そうなのかな……」
そうね、と言いつつ腑に落ちない。だって小遣い稼ぎなんてする暇がいつあるの? 私もけっこう遅くまで井戸水の確認や悪化した病人にひっそり祈りを届けたり(本当にひっそりと)しているのだけど……イクスが寝ている姿なんて、ここひと月見てないよ?
……ほんと眠れなくても。せめてゆっくり休んでほしいのに……。
それなのに、片手にオムライスを持ったままのイクスは、空いた手で私の顔に触れた。
「そんなことより、これを食べたら先に休んでください。お疲れが顔に出ております」
「え? でもまだ結界の続きが――」
「くまが酷いです。働きすぎなんですよ。聖力の回復も出来ていないんですから……せめて、体力だけでも」
彼の指が、目の下の薄いところをそっと滑る。
「誰よりも貴女様が栄養をとらないと。貴女様のいない世界なんて、何の意味もないでしょう? 貴女様がいないんだったら、こんな村も世界も要らないんですよ」
ねぇ、イクス。毎日みんなで一生懸命復興作業に勤しんでいるのに、要らないはないと思うの。ほら、他のみんなもいるし。
……それなのに、どうしてみんな「今日もよろしくやってるわね〜」と生暖かい視線を向けてくるのかな⁉︎ もうっ、イクスもいつまで触ってるの? くすぐったいよぉ‼︎
私がふるふる首を動かし振り払うと、イクスが鼻で笑って見下ろしてくる。もう、もう! どうして夕陽を背にしているの? めっちゃくちゃ良い顔が神がかって見えるっ!
私はイクスの持つオムライスを奪い、自棄になって大口でパクリ。優しい甘さが口の中に広がって、頬が落ちるかと思った。
結界とは――これぞ聖女の仕事のひとつ、街に魔物や獣、悪意を持った人物が入って来れないような障壁を張ることだ。とはいっても、聖女の能力によってその性能は千差万別。獣はまだしも、悪意を持った人物云々までの強度を広い範囲でもたせることは、私にだって難しい。大聖女様くらいかな?
とは言っても、この小さな村の範囲だったら、私でもある程度のものはできるわけで。
「でっきた~~!」
とある朝、私はだいぶ見栄えが良くなった門のところで両手をあげて歓喜する。
だけど、村人さんたちが見守ってくれているのに、誰も一緒に喜んでくれない。誰もが首を傾げているばかりである。……ちょっと寂しい。
だから、私は振り返った。
「あ、あの~。王都の結界より立派なものが張れたので……もう少しリアクション的なのが欲しいのですが……」
「とは言ってもね~、ナナリーちゃん」
いつの間にか、随分親しく読んでもらえるようになりました。まぁ、万が一に備えて『聖女様』と呼ぶのは勘弁するよう言ったのは私なんだけど。
だけど、娘のネネちゃんと一緒に見ててくれたオードリーさんは乾いた笑い。
「申し訳ないけど……うちらじゃなんにもわからなくってさ~」
「ははは……ですよねぇ?」
そう、この結界。なんせ聖女の聖力で作られてますから。とうぜんそれを見ることができない普通の方には見えないものでして。精度が良ければ良いほど見えにくい分かりにくいのが、如何せん難儀なもの。できる女はツライよ、とほほ……。
――と、そんな中「おつかれさまでした」と果実水(薄い)を差し出してくれるのは私の専属護衛イクスだ。彼は今日も私好みの笑顔で告げる。
「それでは――お昼過ぎに参りましょうか」
「いいの⁉」
「はい。これで俺らが村を離れても、心配ないでしょうし」
私がずっと楽しみにしていた場所は、ここから少し離れた所にある。
領主の逆襲があるかもと、ずっと村から離れないでおいたんだよね。結局、あれから何の音沙汰もないのが怖いところだけど……でも、これだけの結界が張れたんだから、多少何かあっても村に危害は加えられないはず。
だから、私は本日、ようやく彼の地へ赴くことができるのだ。
「温泉だ~~~~っ‼」