sideイクス 6回目の死
◆ ◆ ◆
「ちょっと勝負に出てみたの」
六回目の婚約破棄から帰ってきたナナリーは、いたずらした子供ののような顔をしていた。
それに俺が疑問符を返せば、彼女は可愛らしい鼻を「ふふん」と鳴らす。
「いきなり『国王陛下の病を治す秘薬を探しに行かせてください』と頭を下げてみました~」
……なるほど? 現状ある知識や技術じゃ治せないのが前回わかったら、未知なる治療法を探しに行くと。あぁ、それは前向きでいいな。そんなものが本当にあるかは知らないけど、ずっと城に閉じこもってばかりも飽きてきたところだ。如何なる理由であろうとも外に出れるのは俺も嬉しい。
――が、とりあえず俺にとって大事なのはそこではない。
「で、殿下からの婚約破棄には?」
「言われる前に私から切り出しちゃったから有耶無耶になったけど……それって大事?」
「大事に決まってるだろっ‼」
俺の大きな声に、ナナリーの肩が跳ねた。
……しまった。ついつい本音が。
これはコホンと咳払いしてから、ナナリーの華奢な肩に両手を乗せる。
「はい、それじゃあもう一度ミーチェン殿下の所へ行ってらっしゃいませ。そしてはっきりと『私は殿下と結婚しません!』と言ってくるように」
「えぇ~。どうせ年単位で城を空けるんだから、代わりの聖女も派遣されるだろうし……私の結婚どころじゃなくない? ミーチェン殿下もお世継ぎは早く欲しいだろうから、もっと手近の――」
「もしも秘薬を見つけてきた功労として王妃の座を与えるとか国王が言ってきたらどーするんですか⁉ あんな男と結婚しなきゃいけなくなるんですよ‼」
「“もしも”って……私は見つける気満々なんだけどなぁ……」
俺の些末な言い回しにぶつくさ言うナナリーも可愛いが、それはそれ。
俺に無理やり回れ右させられて、不満顔のナナリーが顔を上に向けてくる。
「もしも今回生き延びることに成功したら――イクスはどうするの?」
「……どうするとは?」
ナナリーの碧色の瞳が俺を仰ぎ見てくる。可愛い。
このままのナナリーを額縁の中に収めておきたい。だけど現実はものすごく残酷だ。
「イクスは何かしたいことある?」
――もしも、ナナリーが無事に三年間を過ごせたなら。
きっと彼女はどんどん美しく色めきづいて。その隣に、もちろん俺がいたい。俺が求婚して、たとえ王太子殿下と婚約していようが、いや成婚していようがナナリーを攫って……どこか遠い地で、のんびりと暮らせたらいい。それこそ東国に渡ってみるのはどうか。毎年たくさん並んだ桜を見ながら、二人で年を重ねていく。
そんな幻想は、全身に走る痛みが呆気なく壊してくれるけれど。
「俺は……ずっとナナリー様の傍に居たいですね」
「今と変わらないじゃん」
そう笑う彼女が、どこか嬉しそうに見えてしまうから。
そんなナナリーがますます愛おしくて、思わずそのまた少女に戻った身体を抱きしめてしまいたくなる。
だけどそんな衝動も、痛みが留めてくれるから。
「……はい。でもとりあえず初動が大事ですからね。しっかり破棄しておかないと、またどこぞの趣味の悪い令嬢に殺されてしまいますよ」
「もう、人の恋相手にそんなこと言っちゃダメでしょ~」
「はっ、相変わらず貴女様はお優しい」
「そりゃ、これでも聖女ですからね」
でもま、はっきりさせた方が私たちも動きやすそうだからね――と。
ナナリーはひらひらと手を振って、また彼女の私室から出ていった。乙女の寝室に、不埒な野郎を一人残していくとは。その信頼に値する人物などではないのに。
「はい、行ってらっしゃいませ」
俺は、ナナリーを笑顔で見送る。
本当に笑えていたかは、わからないけれど。
そうして始まった今までとは違う日々。
――とはいっても、結局二年くらいは城で過ごした。なんやかんや自分たちが利用しやすい、書物や資料が一番集まる場所が王城だからだ。それでも、本を読み漁る俺たちに向けられれる城連中の視線は険しかった。……国王陛下の回復を望まない連中というのも、少なくないからだ。表向きはともなく、本気で国王を治そうと思う人物は、一人、また一人と減っていって。
そして、効果のありそうな秘薬原料が生えてそうなのが、魔族領だと発覚。
魔族領は王都より北方、タンジュランス領と崖境になっている土地である。その崖も到底人間が渡れる深さと距離ではなく、辛うじて橋が一本掛けられているのみ。交流はほぼ断絶されているといっても過言ではない。向こう側は深い霧に覆われており、どんな土地が広がっているのか見た者は――魔王討伐に向かわされる愚か者くらいだろう。
「本当に行ってみるんですか?」
「もちろん。これだけ探しても、それしか手がかりなかったしね。あとはもう現地に行ってみないとわからないよ」
「危ないですよ」
「……でも、向こうに着く頃にはそろそろじゃない?」
苦笑するナナリーはまた少し大人びていて。その顔も当然可愛いけれど。俺にはどことなく嫌な覚悟が滲み出ているのがわかり、嫌気がさす。
「俺は反対です――ループ前提の戦略なんか」
「まあまあ。でも、おまえは当然私に着いてきてくれるんでしょう?」
この頃からか……たびたび、ナナリーは俺のことを『おまえ』と呼ぶことが増えてきた。
長年繰り返し、ようやく『主従関係』が身についたのか。はたまた、何か考えがあるのかは知ることができないけれど。
だからこそ、ナナリーに「命令だよ」と言われれば、俺は膝をついて頭を垂れることしかできないのだから。
「……はっ、全ては貴女様の仰せのままに」
今回は二人きりでの決行だった。
そのせいか、どんなに念入りに準備をしても――やっぱりナナリーは呆気なく死んだ。
「うわぁ……魔族つっよ……」
魔族領に入った途端、魔族たちから猛攻撃を受けた。侵略者と間違えられたのだ。俺らは必死に説明しようとしたけれど、魔族らの決死の攻撃に、俺ら二人だけではジリ貧にしかならなくて。
魔族からの攻撃に両足を消し飛ばされたナナリーは乾いた声で笑う。その腕から漏れるのは、やはりまばゆいばかりの黄金の粒子。それを見て、俺も力なく笑った。
「だから……無謀だって、言ったんですよ……」
「……ご……」
おそらく謝罪を口にしようとしたのだと思うが……最後まで紡がれることはなかった。死にかけたナナリーにトドメが刺されたのだ。巨体な豚野郎にあんなに可愛い顔が無残に踏まれている。
「貴様っ‼」
その豚を、俺は最後の力を振り絞って豚の腹を掻っ捌いたけれど。
彼女の愛らしい顔は、とても見れたものではなくて。
「あぁ……お可哀そうに。でも、すぐに戻りますからね」
そう、すぐに。
すぐに、彼女から溢れる命のきらめきを、俺の邪な赤い触手が絡め取っていくから。
そう、悲嘆することはない。
だって、本当にすぐ――――
◇ ◇ ◇
「よし、イクス! 今回はリベンジと行くからね!」
元気いっぱいの十六歳の彼女が、いつもの私室でこぶしを握っている。
もちろん両足も無事だし、愛らしい顔にはひとつの傷もない。
そんなナナリーに俺が苦笑すると――再び、婚約破棄を告げるノックが三回聞こえる。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
次の話から新章です。
短編でも書いた王太子がやってくる話をアレンジしてます。週末から始めたいと思っておりますので、今後ともお付き合いいただけると嬉しいです!





