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貧しい村✕草鞋にすらなれなかったもの

(わら)とは本来穀物を育てた時の副産物で、小麦などの茎を乾燥させたもので作るのが主だが、今回は山の枯れ草や蔦で代用する。その分作りにくいとは思うから見た目の是非は問わん。ただ怪我だらけの素足で走り回る幼子を頭で思い浮かべながら作れ!」


 そんなイクスの号令に、


「兄ちゃん頑張る……頑張るよ……」

「いつか……ちゃんとした靴を買ってやるからな……」

「あぁ、石を投げられようとも、おらの草鞋(わらじ)を履いてくれるならそれで……」


 今日もノリの良い善良な村人さんたちがせっせと草鞋作りに勤しんでいた。当然人数に限りはあるので、食料集めの人、崩れそうな家の補強に回る人、川で洗濯に勤しむ人等々作業分担だ。だから草鞋作りは手先の器用そうな三人と私が担当することになったのだが、


「ぷっ。奥さま、そこの組み方逆っす」

「それ何回目っすか」

「ほら、次はこっちですよ」


 ……くっ、屈辱~! どうして私の作った草鞋が一番不格好なの⁉ 他の三人は多少網目が粗い場所がありつつもちゃんと楕円形を保っているのに、私が作ったのは瓦解するにも寸前の何か。女の矜持とは如何に⁉


 ちなみに『奥さま』とは私のことである。貴族の駆け落ち新婚夫婦な設定だからね。普通に『ナナリー』と呼んでもらおうとおもっていたのだが、『俺以外の野郎があなた様の名前を呼ぶなんて……‼』などとほざくおバカさんがいたので、善良な村人さんたちが一生懸命考えた結果『奥さま』となったらしい。


 対して、そのおバカさんこと『旦那さま』は山の食料散策隊に加わっているのだが――


「はい、あ~ん」


 と後ろから躊躇なく私の口に何かが突っ込まれる。それを見上げれば、今日も青空の下、形の良い菫色の瞳を蕩けさせた『旦那さま』ことイクスが小さく笑っているから、私はもぐっと。途端、口の中に言い得ぬ酸味が広がって――私は口を尖らせた。


「すっっぱっ‼」

「はは、山で取れた果実の一種です。普通はジャムや果実酒にして楽しむものですが、砂糖も良質な酒も今は用意できませんので――おい、子供を集めてこい」

『あいあいさっ‼』


 草履組三人が慌てて走り去ってから、私は改めてイクスを見る。なるほど? その小さな籠に少しだけ入っている赤い実を食べさせられたわけね?


 イクスの肩に止まっていたピースケくんにも、彼は「一つだけだぞ」と食べさせている光景を見ながら、私は眉をしかめる。


「それ……子どもたちにあげるの? 酸っぱいよ?」

「本当は舌の肥えたあなた様に差し上げるには分不相応な品ですが、栄養がありまして。それに、このような村の子供なら……」


 すると、村の十人いるか居ないかの子供がわらわらと走り寄ってくる。もちろん、全員素足が前がパカパカしている履きにくそうな靴を履いて。その全員がイクスの持つ赤い実の籠を見て目を輝かせていた。


「わぁ、コケモモだぁ! 今日だれかのたんじょうびなの?」

「いや、食料を探しに行ってたらたまたま見つけたんだ」

「お兄ちゃんすごいね! 山の高い所って、クマとかいっぱいで危ないんでしょ?」

「ほお、クマなら食いごたえあっていいな。今度探して来よう」

「お兄ちゃんすごい!」


 そんなことを話しながら、子どもたちは「美味しい~」と頬を蕩けさせていて。ある子なんか「これ半分お母さんにあげていい?」と、本当に小さな果実を半分にしようとしていたりして。

 ……それを見て、泣きそうになるのは失礼だよね。


 さらにイクスは慣れた様子で、私たちが作った草履を渡すように促していた。おっかなびっくりな善良な村人さんたちに、これまた子どもたちは慣れたのか「ありがとう」と素直に受け取っていて。あ、昨日石を投げられたと言っていたCさんが泣いた。


 そんな和やかな交流が一段落して。私はイクスの袖を引っ張る。


「……イクスはすごいね」

「何がですか?」

「山の知識もそうだし、子供たちの扱いだって……」

「サバイバル能力は婆様から泣くほど仕込まれてますし、子供の扱いは聖騎士団でボランティア活動が義務付けられてましたから」

「私……なんにもできないな」


 私は自分が作ったぼろぼろの草鞋になるはずだったものを抱えて自嘲する。私のだけ、持っていってもらえずに余ったの。まぁ、こんなんじゃ履けないもんね。


 だけど、優しい彼は静かに首を横に振る。


「そんなことありませんよ。あなた様がいなければ、俺は生きていけないんですから」

「それはイクスがおかしいだけだから」

「なかなか酷いことを仰る……」


 そう肩を竦めながら、イクスは私が持っていた草鞋もどきをひょいと取り上げて「こちら俺が貰っても?」なんて訊いてくるから。「好きにしていいよ」と答えれば、「じゃあ家宝にします」と頬擦りりして。

 チクチク痛いだろうに、という言葉は飲み込みながら、私はぼんやりと呟く。


「どうにかしたいな……」

「だから、あなた様は十分に――」

「じゃなくて、この村の現状を。もっと根本から」


 私は集まったついでに遊んでいる子どもたちを見つめた。こうして生活環境を整えようとも、人手は限られていて。ちゃんとした村人で若くて元気な人はいないし、何よりもお金がない。資源がなく、村人たちの健康が損なわれている以上、改善しようとも限度があるし、何より時間がかかりすぎる。


 幸い、私たちが来てから亡くなった人はまで出ていないけど……病状的に危ない人は何人かいて。きっと時間の問題だろう。


 もうすぐ冬もやってくる。イクスは直接私に言ってこないけど……頭の回転の早い善良な村人たちと『冬支度がどうこう』と相談していたよね。この変の冬は厳しいらしいし、日常生活もままならない中、冬が来たら……考えるだけで背筋が凍る。


 そうして唇を噛んでいる私に、イクスは言った。


「じゃあ、乗り込みますか」

「え?」


 私の疑問符に、イクスは悪い顔で「俺もまどろっこしいと思ってたんですよ」と笑って。彼は告げる。


「領主に直談判しに行きましょう」

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― 新着の感想 ―
[一言] 村の子達がいい子過ぎてツラい〜。 早く幸せにしてあげて!(笑)
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