わびしい村✕少ない食事を分け合う者たち
そして、夜もすっかり更けた頃。
「はい、あーん」
「ぴぃ!」
私が匙を差し出せば、白いもふもふとしたピースケくんがぱっくりと食らいついてくる。
あ~、可愛い。
手のひらから少し溢れる適度なサイズ感。ひよこのような丸っこい体躯にフォルムながらも、鼻周りやくちばしはしっかりと、伝説の聖鳥カラドリウスの威厳を醸していて。まぁ、全てに置いて可愛いの一言に尽きるのだが。
そんな癒やしの存在に、自分のご飯を分け与えることなんて訳もないのに。ピースケくんが「いくすー」と嬉しそうに鳴くものだから、私も振り返るしかない。
「ナナリー様、何をなさっているのですか⁉」
あーあ、バレちゃった。
善良な村人(元盗賊)さんたちが村外れで焚き火を囲んで疲れを癒やしている輪から離れて。木々の茂みに入ったくらいの場所でひっそりピースケくんにご飯をあげていたのだが……やっぱりイクスがやってくるのが早かった。白魔法で用意した温かい光源(焚き火代わり。火がまわりに燃え移ったら大変だからね)も最小限のサイズにしたのに。相変わらず目敏いなぁ。
でも、私悪いことしてないもんねー。堂々と口を尖らせますともよ。
「見ての通り、可愛い我が子にご飯をあげてます」
「我が子って……俺との子じゃないでしょう⁉」
……なんかツッコミどころが違う気がするのは置いておいて。
スープでくわんくわんにしたピースケくんのくちばしを拭いながら、私は少し話を逸らす。
「まぁ、黙って輪から抜けたのはごめんね。心配かけたね」
「……前から進言しておりましたが、カラドリウスの幼生に連日餌を与えなくても死にません。なので、自分の食料を優先していただきたく」
そうなんだよ。だてにも伝説の鳥らしく、基本的に餌を食べなくても死なないらしい。自然に宿る聖力を糧に生きているんだって。でも幼生のうちはその循環も不器用だから、普通に餌を必要とするらしい。それでも、一週間に一度与えればいい程度で良いらしいのだが。
――でも、そんなこと図鑑に書いてあったって言われてもさぁ?
元より、お椀に注がれていたスープは半分もなかった。頑張って食材集めても、村人全員分と盗賊三十人分合わせて……百人分くらい? みんな満足に食べられる分の食事なんて、用意できるわけもなく。他の盗賊さんたちは、もっと少ない量で我慢してもらっている。あんなに働いて貰っているのにね。
私はそんなことに気づかないふりをして、イクスに笑いかける。
「でもほら、こんな美味しそうに食べてる」
「そりゃ俺が監督したんだから美味いに決まっているでしょう」
「わぁお。素晴らしい自信だね」
「当然です。なんせ貴女様の口に入れて貰うべく、長年に渡って培ってきた技術ですから。そこんじょそこらの料理人に劣るつもりはありませんよ!」
「すごいなぁ、イクス。さすがだね!」
私がニコニコと彼を煽てていると、
「……ナナリー様?」
「ん?」
急に、イクスは眉根を寄せて。私のそばにかがんで来たと思いきや、ぐいっと私の持っているスープの器を押し付けてくる。
「これはナナリー様がお食べください。昨日から何も食べていらっしゃらないじゃないですか」
「それはイクスも同じでしょ?」
「男と女じゃ体力が違います。それに、貴女様は旅に出てから、ろくに聖力の回復も出来てないじゃないですか。俺の経験上、そろそろ倒れてもおかしくないんです」
私の保有聖力量は、通常の聖女よりも何倍も多い。だけど聖力の回復はしっかりと身体を清めてから祈り続ける必要があり――湯浴みなんてどれだけしていないんだろう? そんな三日三晩祈る時間も……体力もないかもしれないね。
今も光源を作っているから、私の瞳は普段の碧色でなく、金色になっているんだろうけど……。自分じゃ見えないからわからないが、傍から見るとその色も薄くなってたりするのだろうか。答えが怖いから、聞かないでおくけどさ。
だって、今のイクスの真剣すぎる顔だけで、十分わかるもん。
「せめて、食事だけでもしっかりと取ってください。今日はこれしか用意できませんでしたが……明日はもっと調達してきますから。どうか、俺のためだと思って!」
……ほんと、ずるいなぁ。
なんでこういう時は冗談言ってこないんだろう。「俺に食べさせてもらいたくてこんな真似を? いじらしいですね」とか言って、無理やりあーんしてくるのが常なのに。
私は小さくため息を吐いて、スープを一匙。もう冷めてしまっているけれど、塩味が空っぽだった身体に染み渡る。ホロホロになるまで煮込まれたお肉は、噛まないでも口の中で溶けた。シンプルな味付けだけど、美味しいなぁ。
それを、イクスに凝視されている中で三匙ほど食べてから。
「はい、あーん」
なるべくたくさんの具材を掬って、イクスの口元へと運ぶ。
「……ナナリー様」
「一口だけでも。それとも、私と同じスプーンは使えないとでも?」
私がニヤリと意地悪を告げれば、イクスは観念したように肩を竦めて。
「でも貴女様の前に、そこの鳥が使っていませんでしたか?」
「細かいこと気にする男はモテないよ?」
「俺は貴女様にさえモテればいいんで」
「じゃあ、食べて」
「拝命いたしましょう」
そしてようやく、イクスの口が近づいてくる。目を閉じた彼のまつげが長いなぁ、なんて見入っていると、そのまま顔を離さず、彼は目を開けて。菫色の瞳が私の用意した光源で憂い帯びた色をしていた。
「ありがとうございます。これで俺は、あと百年は飲まず食わずで働けますね」
「大袈裟」
「本気ですよ。貴女様とのこうした思い出が、俺を生かしているのですから」
……私が、どんな顔をしていたのかわからないけれど。
身体全身の痛みに苛まれながら、ループ十二回の人生、全てを私に費やしている彼の発言に、私が言葉を返せずにいると。
イクスは「無駄口が過ぎましたね」と膝を叩いてから立ち上がる。
「さて、離れて寝るのも危ないんで。むさ苦しくて申し訳ありませんが、皆で固まって寝ましょう。明日も忙しいですよ。藁を集めて村人全員分の草鞋を作りましょう。作り方は俺に覚えがありますので」
「あ、おまえも気がついてたんだ?」
「勿論。貴女様が気に病んでいるようでしたので」
食事に寄ってきた最初の女の子の足元が、裸足だったこと。寒そうで痛そうな様子を、イクスも気がついていたらしい。本当に……しっかりとしているなぁ。
「あ、寝る時は勿論愚者の目に入らないよう、俺がすっぽり覆い隠して差し上げますから」
……訂正。ちゃっかりしている方が適切かもしれない。
でもそんな彼の方が、もう落ち着いてしまう私もアレだよね。
「……もう、そんな言い方しないの」
そうだとしても、善良な村人さんたちを愚者呼ばわりは聞き捨てなりません。
だけど私の指摘なんて鼻で笑い飛ばした彼は、ピースケを抱きかかえて歩き出す。
「デブになったら、容赦なくナナリー様の餌にするから覚悟しとけよ」
「いくすのばかー」
「なっ、貴様⁉」
喋ったね⁉ ピースケくんが「まま」と「いくす」以外に初めて喋ったよ! しかも二語!
私は「すごいねっ」と興奮しながら、イクスの腕を掴んで彼らの前に躍り出る。





