新しい風吹く村✕初々しい(?)新婚夫婦
だって背に腹は代えられないじゃない?
「はじめまして。ここに越してきたイチャイチャラブラブ新婚夫婦の“ラブフーフ”といいます」
私の腰に堂々手を回したイクスは、とても幸せそうで。
ちなみに、“ラブフーフ”という家名はもちろん適当だ。むしろこうしたあいさつ回りを始めて、初めて知った。なんか嫌な予感がしつつも……私は小声で訊いてみる。
「ねぇ、イクス。ちなみに“ラブフーフ”の語源は?」
「“らぶ”らぶ新婚“夫婦”の略ですよ」
……聞かなきゃよかった。
ともあれ、私たちの自己紹介はある意味いつも通りなのだけど……いつもと違うのはここから。
「そして、彼らが私たちの使用人でございますの」
私もちょっとお嬢様言葉なんか話しちゃったりして。
後ろに控えるきちっと整列している彼らを紹介する。ようやく扉を開けてくれたお宅のお母さんは、私の後ろをジーッと訝しむように見ていた。わからないでもないよね。だって足に三歳くらいの女の子がしがみついているし。
でも、ご安心ください。彼らは私たちの使用人です。
私たちの設定詳細は、相容れぬ恋をしたご令嬢と騎士の駆け落ちだ。だけど両親には結婚を反対されたけど、祖母は応援してくれて……こうしてひっそり多くの護衛も兼ねた使用人を雇ってくれた――そんな設定。
……なんかどこかで聞いたことあるね。あの湖畔の人たちには、応援してくれる祖父母も生活を支えてくれる使用人もいなかったんだけど。
なので、この偽物駆け落ち夫婦は相当恵まれていることだろう。
それでも……やっぱりお母さんの険しい視線が和らぐわけもなく。
イクスは横目でオロオロしている盗賊さんたちを見ては法螺を吹く。
「ここに来るまでに、やはり野盗が多くて。むやみやたらに狙われてたら身体がいくつあっても保たないので、彼らにはあんな格好をしてもらってたんですよ」
「頃合いを見て、もちろん姿は改めさせますわ。でも当分はあれで……ほら、ここの近くの山にも盗賊がたくさんいるってお話でしょう? でもすでに他の賊の縄張りになっているように見せかけたら、そうそう手出しはしてこないかと思うんですの」
はい、その近隣を根城にしていた盗賊さんたちが彼らなんですけどね。
「体力自慢を集めましたから、護衛としてはもちろん、村の復興作業要員としても働かせましょう。もちろん、復興費用は全てこちらが手配しますし、彼らは村民に危害を与えようものなら――なぁ?」
イクスが振り向き、とても村人らに見せられない笑みを向けたなら。
忠実なる村人さんたちは、全員ビクッと肩を竦めて。それからバッと一斉に頭を下げる。俯いた顔がどんな顔をしているのか……私は知らない。うん。
そして再びお母さんと娘さんに、イクスはにっこり好青年スマイルを向けた。
「こんな風貌させてますが、皆気のいいやつらなので。これから末永く宜しくお願いしますね」
そんな挨拶回りを半日。あのお母さんと娘さんのお宅はまだ優しい方で、いくら声をかけても頑なに扉を開けてくれない家もたくさんあった。
ふぅ、日暮れは早いなぁ……もう空が橙に染まろうとしている。あれだけ挨拶回りをしたけれど、今もボロボロの民家の扉は全て閉ざされていて。窓からチラチラとこちらを覗い見てくる目の色は、どれも暗い。
そんな村の真ん中の広場……みたいに拓けた場所で。
私たちは大きな鍋たっぷりにみんなで調理をしていた。
「かしら……いえ、旦那さま! こちらのお味でいかがっすか⁉」
「ははは、盗賊の真似が本当に上手いなぁ?」
ねぇ、イクスさん。笑顔が怖い怖い。
……まぁ、いつかは“使用人”ぽく振る舞ってもらうことにもなるんだろうし。早めから口調を改める練習をして悪いことはない……んだよね?
そんな言葉遣いの注意をしつつも、イクスは盗賊Aさんに差し出されたお椀のスープを一口。
「うむ、まぁ初日はこんなものだろう」
さて、今日の夕飯……もとい炊き出しは山菜のスープだ。お出汁兼タンパク質源は猪肉。本当はお魚が良かったんだけど、さすがに浄化したばかりの川にお魚さんが戻ってくるはずもなく。いつかは川魚が取れるようになればいいな。
そんな願望はさておき、このタンビュランス地方は北部にあるから、日が暮れてくると結構寒い。もう少しすれば雪も降るんだとか。だから病気も治りにくいのかなぁ、なんて思いつつ……そんな冷えた身体を温めてもらうため、味付けの塩はケチらずに。香辛料にもなる木の実と山菜もたくさん入れたスープは、匂いだけでも私のお腹の虫をくすぐった。
そんな匂いに、
「ほら、やめなさいっ‼」
叱るお母さんの声を背に、民家の扉が小さく開く。そしてひょこっと覗いた可愛いお顔に、私はにっこりと微笑んだ。
「たくさんあるから、みんなで食べよう?」
盗賊Aさんに注いでもらい、お椀を少女に差し出せば。
彼女は咳き込むお母さんの静止の声をよそに、ペタペタと裸足で駆け寄ってきて。……裸足か。私ののんびりスローライフはまだまだ先になりそうだな。
懸命に寄ってくるお母さんにも見えるように、そのお椀のスープを飲んでから。私は屈んで、そのお椀を女の子に差し出した。
「熱いからふーふーしてから食べてね」
おかっぱの可愛い女の子が、一生懸命に「ふーふー」している。そして小さな両手で持ったお椀に口を付けて。
「お、おいしー! ママ、おいしい! おいしいよ‼」
可愛い歓喜の声に、いくつもの閉ざされた扉が開かれていく。