阿鼻叫喚の村✕忠実な村人
サルーインの村に蔓延る疫病の改善自体は、聖力を行使すれば解決は難しくない。だけど、また新しい病原が猛威を奮いだしたら? 聖女がいなければ、また二の舞だ。
それにそもそも……そんな派手なことをしたら『聖女はここにいますよ!』と知らしめるようなもの。それじゃあ本末転倒だ。私たちは聖女のお勤めに疲れ、ここまで逃げてきたのだから。……元はね。
あの後、盗賊たちの“調教(と、本当に言っていた。きっと冗談だよね?)”はイクスに任せて。
私は夜通し、村の井戸や近くの川を回った。病は衛生面の改善から。それは長年のループ生活で、特に国王陛下の病を治そうとしてから、嫌でも学んだこと。そのためには、清潔な水が不可欠だ。
だから、村の汚れた水を全て浄化する。根本からどうにかしようとすれば、一つの井戸に付き一時間くらいは祈る必要があるからね。下手に野盗共を追っ払う方がよっぽど楽だったりするんだけど……一度しっかり浄化しちゃえば、二、三年は何もせずとも綺麗な水が飲めるはずだから。まぁ、やるっきゃないでしょう。
三つの井戸。そして川はさらに二時間くらい。村周辺のすべての汚れを浄化し終わる頃には、朝日がすっかり昇っていた。
いやぁ、おひさまが眩しい。療養のために来たはずなのにこんなに働くなど、たしかに本末転倒なのかもなぁ……なんて思っていると。
その頃、同じく徹夜したはずなのに清々しい顔をしたイクスと合流する。
「イクス、元気そうだね……?」
「生半可の鍛え方はしておりませんので。それに楽しい作業でしたよ」
――本当は全身めちゃくちゃ痛いくせに。
その言葉を、私は呑み込んで。
本当はさ……私の力で、イクスのことをラクにしてあげられたらいいんだけど。
だけど、長年の蓄積された睡眠不足による身体の変調、痛み――一見私なら白魔法で改善できそうな言葉が並んでいるけど、まるで役には立てなかった。
大砦を出てから、一回試したんだ。私が彼をしっかり眠らせることができるかどうか。野宿中、目を閉じたイクスにこっそり強めの入眠魔法をかけたら――彼はすぐに私の手を掴んできて。
『大丈夫ですから』
菫色の瞳で。掠れた声で。そう、優しく微笑んできて。
あれから、まったく私の前で痛そうな顔は見せないけれど。それでも、彼は一言も魔王が嘘をついているとも、そんな呪いなんて冗談だとも、言わなくて。
「ナナリー様?」
イクスに呼ばれて、ハッと我に返れば。やっぱり彼は完璧な微笑を浮かべて……うん? おかしいな、幻覚が見える。
イクスの後ろに控えている盗賊たち――総勢三十人くらいは、みんなやつれてげっそりしていた。何したの? もしかして夜通し本当に調教したの⁉ アジトから食料とか分けてもらうなどではなく⁉
私の疑問をよそに、イクスは幻覚に胸を張る。
「ご安心ください。彼らはこれから志を改め、忠実なる村人になると誓ってくれました。きっとこの村の繁栄に命を賭けてくれるでしょう!」
ねぇ、イクス。私、初めて『忠実な村人』って言葉を聞いたよ? そして村の繁栄って命を賭けるもの? それこそ死んだら本末転倒なのでは?
でも……病人の看病や掃除、食べ物の確保や炊き出し等、人手はいくらあっても足りない。幻覚や亡霊のように覇気がなくとも、使えるものは何でも使わなくては。
「それじゃあ……まずは――」
私は気だるい身体に喝を入れて、指示を出す。
村が阿鼻叫喚とあいなった。
「盗賊だ、盗賊が来たぞおおおおおお!」
「終わりだ、この村は終わりだ……」
「助けて……お母さん、ぼくまだ死にたくないよ……」
ひでーや。私たちはただ綺麗なお水を持ってきただけなのに。
まぁね。入れ墨いっぱいの腰蓑巻いた厳つさ満点の男の人たちが「こんちわー」と家にやってきたら、そりゃあ怖いと思うけど。「ほら、上手い水だ! 飲め!」とドンッと玄関先に綺麗な桶(作業員として盗賊を十人分けて懸命に今も作っています)を置いていったとて……手に取って貰えたのは未だ一つもなく。
善意を全力で否定された盗賊さんたちは、みんな村の隅っこでシクシク泣いていた。
「やっぱりオレらにゃ真っ当な生活なんて……」
「泣かれた……おれ、あんなちっこい子に泣かれた……」
「おらなんてあそこのガキに石投げられたぜ……いてーよ。心がいてーよ」
そんな盗賊らに、イクスは剣を突きつけながら叫ぶ。
「気合いと根性が足りん! まだ血反吐を飛ばしたりないのか⁉ ほら、死ぬ気で笑顔の練習百回! せーの、にっこにっこにー‼」
『にっごにっごにー』
「もう一回!」
『にっごにっごにいいいー』
「もっと愛嬌を出せっ」
『にっごにっごにいいいいいいい』
「慈愛の心が足りーーんっ!」
……ねぇ、イクスさん。厳ついおっさんがみんな半泣きの揃った野太い『にっこにっこにー』のエンドレスは、さすがの私でも別の意味で怖いです。
まあ……でもそうだよね。いきなり見知らぬ盗賊が『善良な村人』になったとて、誰も信用してくれないよね……。
なので、私は未だ「貴様らには爽やかさが欠如しているっ!」と怒号を飛ばすイクスの服を引っ張った。振り返るイクスの笑顔はやっぱり打って変わってキラキラだ。
「はい、ナナリー様。どうしましたか?」
「とりあえずさ、あの作戦しかないと思うの」
「あの作戦とは?」
好青年満載の風貌で傾げるイクスさん。でも私は気づいています。その剣、ちょっとまだ拭い切れていない赤い絵の具が付いてますね? きっと熊でも狩ってきたのでしょう、そうでしょう。
なので、私はそんなこと無視して言いづらいことを提案します。
「あの……イクスが得意なやつです」







