寂寥な村✕悪魔と下僕
あれから五日後。私たちはなんとか目的地まで辿り着いた。
特に大きなトラブルに遭ったわけではない。いつも通り、町では私の専属護衛であるイクスの膝に乗ってご飯を食べさせられ、野盗に襲われたらイクスが撃退し。私が虫にでも刺されようもんなら、森を燃やそうとするイクスを必死に宥め。私が少しでも息を切らそうもんなら、満面の笑みで「おんぶと抱っこ、どちらをご所望ですか?」と聞いてくるイクスから目一杯逃げて。だけど結局、体力おばけから逃げ切れるわけもなくて。
……本当に何も変わらない、幸せな旅路を経て、私たちは静かな村に辿り着いた。
「相変わらず寂れてますね」
そんな感想を漏らすイクスに、私は苦笑しながらも頷く。
夕暮れという時間帯のせいかもしれないが、崩れかけの茅葺き屋根が異様に切ない。人気のなさからか、私の白髪を大きくなびかせる風の音が異様に大きく聞こえた。
何故こんな寂れた村なのか――理由は簡単。地図にすら載っていないからだ。どうやら数年前から疫病が流行っており、病を拡大させないためにも王侯貴族たちはこの村の存在を隠蔽することに決めた。
本当、それを知った時は『なんのための聖女なのよ!』と憤ったな。確か六回目のループ生活で国王陛下の治療薬を探している時に辿り着いたの。それ以降は毎度こっそりひっそりこの村に援助したり、疫病を払ったりしているのだけど……それが毎度バレて騒ぎになったことがない。ならば、今回隠れ住むのに最適かと思ったわけ。
そんな村の名前は――サルーイン。
そんな寂寥感あふれる場所で見上げるイクスの横顔は、やっぱり綺麗だった。
旅の途中だというのに、毎朝整えられている灰色の髪。夕日の中でより色を憂わせる菫色の瞳。通った鼻梁の下には、形のよい唇が「ふう」と小さく動いていた。
――苦しいのかな。
私は知ってしまった。彼は今もなお、全身に痛みが走っているのだという。ループしている間ずっと――実質三十六年間――一度もまともに眠れない呪いにかけられ。それでも私の視線に気づいたイクスは、にこりと優しい笑みを浮かべてくるから。
「どうしましたか? 夕陽を背景にした俺に見惚れてしまいましたか? 俺の髪先から爪先まで、全ては貴女様のモノですから。どうぞお好きなようにお好きな箇所をお好きなだけ触れていただいてもいいのですよ? えぇ、ご随意にどうぞ?」
ずいっと近づいてくる尊顔にわざとらしくパチンと手を打ち当ててから。
私は赤く染まったであろう顔を誤魔化すように苦笑してから、両手を叩く。
「さて、黄昏てる暇はないよ。早く復興させないと!」
「念の為、お尋ねしておきたいのですが」
「ん?」
「貴女様はのんびり生活がしたいんですよね?」
顎に手を当てて訊いてくる彼に、私は答える。
「いち早く快適なのんびり生活を満喫するためにも、地盤は全速力で整える必要があるでしょ?」
「なるほど?」
――ちょっと嘘。
そもそもこの旅は、ループ生活に疲れた私が休憩するためのものだったけど。
事情を知った今は少し違う。少しでもいいから、イクスを休ませてあげたい。本当は、早くこんなループ生活を終わらせた方がいいのかもしれないけど――それを、イクスは望んでくれないから。
彼は今にも倒れそうな村の門を見ながら、顎を撫でる。
「それなら、俺も貴女様の専属護衛として、全力で助力しましょう。とりあえず何をするにしても、人手が必要ですよね?」
そう言いながらニヤリと笑うイクスは、とても悪い顔をしていた。
「さぁ、抵抗するなら遠慮はしないぞ!」
あれから少し移動した頃には、夜もすっかり更けていた。
そんな村の近くの山間にて。
「それとも貴様らの方から首を差し出すか? その方が多少は痛い目見ずに済むかもなぁ⁉」
私の専属護衛が、とても楽しそうに盗賊たちを血祭りにあげていた。
……厳密に言えば、誰も殺していない。それでも一人の剣士から逃げ惑う盗賊たちの野太い悲鳴は、まさに地獄絵図。焚き火が広がったら大変だから、そっと神に祈る印を切り、聖なる力で消してやる。すると、
「ぎゃあああああ! 悪魔だ! 悪魔がオレらを食いに来たんだあああ!」
ひどいなぁ。私たちはお互いにメリットしかない提案をしに来ただけなのになぁ……。
まあ、鬼教官リターンなイクスが怖いのは認める。顔がいい分ギャップで気迫も倍増なんだよね。でも悪魔って。これでも、こちらは聖女御一行なのに。元だけど。
これでも私、ナナリー=ガードナーはアルザーク王国の国家聖女……だったのである。だけど黙って逃げてきて、今は私の年子の妹シャナリーが私のフリして国家聖女してくれているから……私は今も国家聖女なのか? それとも元なのか? そこの所は曖昧なのだけど。
ともあれ、神様に仕える聖女が悪魔とはなんとも面白い謂われようだが――でも今は、その方が都合がいい? 郷に入ればなんとやら?
うーん……真似してみるかぁ。
私は再び印を切る。
「ナナリー=ガードナーを阻む者に、轟々たる悪夢を!」
聖女の象徴たる白魔法を発動させる。
すると、当たりの木々が次々に燃えていく――ような幻が映る。そう、真っ赤な幻。本当に燃やすわけないよね。危ないもの。でも、幻でも効果はテキメンだった。盗賊たちの悲鳴がもう言葉になっていない。私は声たかだか叫ぶ。
「聞きなさいっ! この辺り一帯は私が治めた! 今すぐひれ伏さないと私の可愛い下僕たちがおまえたちを食い殺すよっ!」
「ひいいいいいいいいいいいいっ!」
盗賊たちが、次々に膝をつきこうべを垂らしていく。……ちょっとだけ壮観だと思ったのは内緒。
私はぱちんと指を鳴らして、炎の幻を消した。
さて、ここからどうするかな……と考えていると、イクスがじっとこちらを見ている。
「どうしたの?」
「今の言葉はなんですか?」
「えーと……変、だったかな?」
あはは……やっぱりちょっと調子に乗りすぎたかな……?
こめかみをぽりぽり誤魔化していると、近づいてきたイクスが耳打ちしてくる。
「いえ、素晴らしいご対応でした。俺はあなたの忠実な下僕ですから……何も間違ってはおりませんよ」
ただでさえ耳元がボソボソくすぐったいのに、ぺろっと舐めた――舐めた⁉
慌てて顔を離して見やれば、イクスは愉悦たっぷりの目で笑っている。
「ただ、『たち』というのだけは取り消してください。貴方様の下僕は、俺一人だけで充分……そうでしょう?」
悪魔だ……私の従者、本物の悪魔だ……。
今宵も私の大好きな専属護衛がとても楽しそうです。





