初恋の思い出✕私のプロローグ②
「え?」
「他の女と結婚なんてできるわけないじゃないか。初めての接吻をナナリーにしたばかりなんだし」
「えええええっ⁉」
な、なにその理屈⁉ 聞いたこと無い。お、女の子ならともかく……男の子でもそういうものなの⁉
私が驚くと、イクスはなぜか得意げに口角をあげていて。
「じゃあ、ナナリーは他の女の子とキスしたことある男と結婚したいのか?」
「そ、それは……」
「ならそんな相手に失礼な真似、俺だって出来ないな。ナナリーには責任とってもらわないと?」
そ、そんなこと言われても~~っ。
あ~もうっ、顔が熱い。寒いのどこ行ったってくらいに暑い暑い。私がパタパタしていると、「だから――」と続けるイクスは、とても真剣な顔をしていた。
「戻ったら、婆様たちに言おうと思っているんだが……俺も社交界には出ずに聖騎士に志願するつもりだ」
「聖騎士って、孤児の人たちがなる教会所属の騎士のこと?」
「あぁ」
教会に所属する人は三種類に分けられるという。
聖力を発現した人が強制的になるという聖女。その聖女を補佐し、教会を運営する司祭。そして両者の剣や盾となる聖騎士。
教会に所属する者たちの家族は、表向き女神を信仰する民のみとなる。そのため、特に位の低い聖騎士は孤児が多い。教会は孤児院の運営もしているから、その中の健康優良児を聖騎士として登用するのだ。……孤児院を使い捨てできる聖騎士養成所と謳っている人もいるらしい。
ともあれ、たとえ爵位を継ぐ予定のないとはいえ。伯爵家の次男がなるものでないのは、十歳の私でも理解できるもので。
「どどど、どーして⁉ 騎士になるなら、お国の騎士さんでいいじゃん⁉ アイザックお兄ちゃんもお国の訓練場に通っているんでしょう⁉」
「兄貴はな。だから、別に俺が騎士の勲章にこだわる必要もない」
「だだだ、だったらお父さんの後を継ぐ勉強とか⁉ 領地経営って大変そうじゃん?」
「それはエルクの方が向いている。あいつは金勘定が大好きだからな。すでに帳簿を付けられるようになったらしいぞ」
エルクくんは私より年下の六歳の男の子。早くも視力が弱いらしく、大きなメガネが可愛い、私にとっても弟みたいな少年だが……た、たしかに隙あればお金を数えているような……。六歳の頃って私、簡単な足し算引き算しかできなかったけどなぁ……。
私がそれなら次の理由を……と考えるも。イクスは肩を竦める。
「諦めろ。俺はもう聖騎士になるって決めたんだ」
「で、でも……おじさんやおばさんも悲しむよ? なかなか会えなくなっちゃうよ?」
「その代わり、ナナリーのそばには居れる」
その言葉に、私の胸は大きく跳ねた。
イクスは私の両肩を優しく掴む。
「聖騎士の中で上に上がれば、聖女の専属護衛になれるな? そうすれば、ナナリーがどこに配属されようと、俺も一緒についていける。ナナリーのそばにいるには、それしか方法がないだろう? お互い一人前になるまでは離ればなれだが……それも数年の辛抱だ。お互い一人前にさえなれば、あとはずっと一緒にいられる。絶対にナナリーを一人にすることはない。だから、もう泣かないで済むな?」
ナナリーも寂しくないもんな、――と。彼はそう微笑んで。
イクスが……どうして知っているのだろうか。
家族と離ればなれになることが決まって、それがすごく寂しくて。私が毎晩泣いていたことを。
「だから、少しだけ一人で頑張れるか? 必ず、俺がナナリーを迎えに行くから」
「わ、私……国家聖女とか大聖女様になっちゃうかもしれないよ?」
「むしろそのくらいなってもらわないと。専属護衛がつかないだろう?」
「それもそっか」
私は苦笑した。本当にイクスはいつも無理やりだ。私やまわりの意見なんか聞かず――いつもすぐに私の手を引っ張って走り出しちゃうんだ。
だったら……私もついていくしかないよね?
「私、頑張るね! 頑張って立派な聖女になるから……約束だからねっ」
「あぁ、もちろんだ」
そして、私たちが指切りを交わすと――「こらっ、イクスっ‼」と胆力あふれるおばあさんの怒号が、穴の外から響いてきて。
「なっ、婆様が迎えに来たのかっ⁉ 歳を考えろよ⁉」
「私を年寄り扱いするなんぞ百年は早いわっ‼」
ズカズカと入ってきたおばあちゃんが、容赦なくイクスの頭にげんこつを落とす。
だけど、おばあちゃんはちゃんと傘を二本持っていて――て、ちょっと待って。おばあちゃん傘ささないできたの? それなのになんで濡れてないの⁉
あわあわとする私に気が付いたおばあちゃんがにっこりと微笑む。
「東方では雨を避けて歩くのが当たり前での」
「バケモンかよ?」
「おまえの鍛錬が甘いだけじゃ!」
ツッコんだイクスに、またイクスにげんこつが落ちた。
そして屋敷に戻った早々、イクスは両親に聖騎士になる旨を報告していた。
案の定おじさんとおばさんは「馬鹿言うなっ‼」と即座に怒り出し、うちの両親やアイザックさんは絶句した様子で――だけどその中で、おばあちゃんだけが満面の笑みを浮かべていた。
「良く言った! それでこそ男だっ‼」
「いってええええっ‼」
背中をバシンッと叩かれたイクスは、やっぱり絶叫していたけど。
結局、おばあちゃんの後押しもあって。イクスは社交界デビューはせずに、聖騎士への道を歩みだした。私もそれと同時に、見習い聖女として修道院での修行を始める。
その間、イクスや家族に会えたのは、おばあちゃんが亡くなってしまった時の一回だけ。その時は、皆悲しい時だったから……ろくに話すことも、なかなか出来ず。
そして五年後。修道院で一番の成績を修めた私は、祖国であるアルザーク王国の国家聖女として派遣されることが決まった。
それに護衛として選ばれたのが――
「国家聖女ナナリー=ガードナー様の護衛を務めさせていただきます、イクスと申します。いつ如何なる時でも、俺が貴女様の剣となり、盾となりましょう。何なりとご命令ください」
教会での任命式で、彼は私の前で片膝をつく。ステンドグラス越しに照らされた彼は、私の差し出した手に唇を当てて――本当は上げてはならない顔を上げた。
「これからはずっと一緒だ。ナナリー」
「……うん」
私は涙を落とすのに、イクスはどこか偉そうな顔で微笑むものだから。
その顔が、私の手を掴む大きな固い手が、本当にずるいほど大好きで。大好きで。
たとえ、この関係にいつか終わりが来ようとも。
いつか、彼が私の手を離し、私のことを忘れる日が来ようとも。
私の初恋は、きっと永遠に終わらないのだろう――







