初恋の思い出✕私のプロローグ①
私たちは幼馴染だ。お父様方が親しい学友だったということで、幼い頃からお互いの領土を行き来していたらしい。
だから、私が物心ついた時には、当たり前のようにイクスが居たのだ。イクスのレッチェンド家は年上のお兄ちゃんが二人、年下の男の子が一人。対して、私ガードナー家は年子の女の子が二人。
なので遊びは、おままごとやお人形遊びになるはずもなく。
「ナナリー、走れっ!」
「待ってよ、イクスお兄ちゃんっ」
両家が揃った時には、いつも庭を走り回っていた気がする。一番の上のアイザックさんは「たまには~」なんて提案しようとしてくれてたけど、それをいつも否定するのがイクスだった。次第に会って挨拶もおざなりに「行くぞ!」と手を引かれ、あちこち走り回される始末。……まぁ、可愛がってもらってたんだよな。うん。
まぁ、そうやって二人で走り回っていたら……迷子の一回や二回はあるわけで。
この頃、私は十歳。イクスは十二歳。
私はともかく、イクスなんてもうすぐ十三歳で社交界デビューも目前だ。だからご両親から「もう少し落ち着きを持ちなさい!」と叱られている姿を、私も何度か見たことがある。あまりに落ち着きがないから、今のうちに婚約者を決めてしまおう、という話もあがっているらしい。だいたい社交界に出てから、そこで相手を見つける人が多いというけど……高貴であればあるほど、社交界デビュー前に決まっている子たちも少なくないらしいしね。
だから、その日。護衛の兵士の目をいつも通り潜り抜けた私たちは、我が領地の森を探検していた。だけど急に天気が崩れて、雨がざぁざぁ降ってきて。慌てて見つけた小さな洞穴で身を寄せていた時だった。当分、雨は止みそうにない。
「これじゃあ帰れないねぇ」
「そうだな」
「また怒られちゃうねぇ」
「そうだなぁ……」
「おばあちゃん、怖いかなぁ」
「…………」
イクスが黙って両手で頭を押さえていた。いつも通り殴られることを予見したのだろう。イクスのおばあちゃんのげんこつは、とっても痛いらしい。一度食らってみたいとイクスに言ってみたら『絶対にやめておけ! ナナリーだったら三日は寝込むぞ‼』と怖い目で言われた。より体験したくなったのは内緒。
ともあれ……それはそうと、その日は寒くて。雨が降って急に気温が下がったのもあるだろうけど、服や髪が濡れたのがより痛い。イクスにばれないようにくしゃみを押し殺そうとするも……そんな上手いことは行かず。
外の様子を見ていたイクスが振り返った。
「寒いか?」
「そんなことないよ」
「……嘘つき」
イクスは自分の外套を脱いで私にかけてくれようとするも……それも当然、ぐっしょり濡れていて。「ふむ」と小首を傾げた彼は、いそいそと服を脱ぎだした。突如現れた肌色の上半身私がぎょっと目を見開くと、イクスが真面目な顔で言う。
「ほら、ナナリーも脱げ。濡れた服を着たままでいると風邪引くぞ」
「や、やだ‼ 恥ずかしいもんっ」
「そんな恥ずかしがるモンでも……」
そう言いながら、イクスは私の頭から足先までを一瞥。うぅ、そんな改めてマジマジ見ないでよぉ……。
私が身を縮めようとするも、やっぱり寒くて「くちゅんっ」とくしゃみが飛び出してしまい。やばい、と思った時には、イクスがすぐそばにいた。そして彼は私の両頬を掴み、菫色の瞳が近づいたと思いきや――チュッと唇が合わさる。
え……何が起こったの?
「こ、これ以上恥ずかしいことはないなっ‼」
少し離れたイクスの耳が赤かった。その年上の少年に可愛らしいと思った時には、彼は無理やり私の外套を脱がせていて。私はあっという間に「ほらばんざーい」と下着一枚にされる。
「女の子の下着つっても、ワンピースと変わらないな」
それは……そうかもしれないけど……。
ちょっと残念そうな声音に呆気にとられていると、イクスは私の隣に腰を下ろして。背中側から手を回し、私の腰をぎゅっと引き寄せる。その勢いのままイクスのしっかりした胸板に横顔を倒すと……心臓のバクバクとした音が聴こえた。その音がなんだか嬉しくて……私の胸もあったかくなる。
それに小さく笑おうとした時だった。
「ナナリーは……婚約者作るのか?」
「……ううん。私は聖女になる予定だから」
この間、教会から書状が届いた。聖力の素養が発現した女児は、全員教会に申請しなければならない。そして聖女見習いとして招集をかけられたのだ。
たとえ貴族とて、教会からの招集を無下にできるものでもない。それは、代々続くしきたりのようなもの。私は社交界デビューも迎えぬまま、教会で修行することになる。家に帰るのは、冠婚葬祭の時だけになるだろう。
だから……次にイクスに会えるのは、いつになるだろうか?
私はその寂しさを誤魔化すように、イクスに笑いかける。
「イクスももうすぐ社交界デビューだよね? いいなぁ、たくさんおめかしできるんでしょ?」
「女じゃないんだ。そんなの楽しみでもなんでもない」
「で、でもほら。婚約者ができるって……」
思わず、私は言葉の途中で口を閉ざしてしまう。
ど、どうしてそんな不機嫌そうな顔をするの……?
私がバッと顔を下げると、イクスの声の低い声が降ってきた。
「……もう、作れないぞ」





