星屑よりも輝く大砦✕弔いの夜
イクスの手の中には、パカッと開いたパズル箱。その中には予想通り、羊皮紙が入っていて。「失礼」とルーフェンさんが広げてみれば、「当たりだ」とこの砦の所有権を認める書状だった。もちろん、国王陛下の直筆と調印付き。調印のインクには魔力で細工がしてあって、光にかざすと七色に光るの。ランタンの明かりで照らせば、その聖鳥と盾の文様が温かに色を変える。
それを、しっかり確認してから。
私とルーフェンさんは、イクスを見た。イクスは生まれつき魔法が使えない人。だからこそ、剣の道を極めようと努力してきた人――それが、どうしてこんなあっさり黒魔法の玄人でないと開けることができないパズル箱を開けられた?
「さっき俺が殴った衝撃で壊れたんじゃないのか?」
――そんなまさか……。
そう追求したいのに、私の口は動かない。指摘したらいけない。目を逸らさなければならない、そんな気がして。
そんな不穏な雰囲気を、壊してくれたのはルーフェンさんだった。
「まぁ、いいさ。無事欲しい物は手に入ったことだし、とっととズラかる――前に、ちょっくら付き合ってくれねぇか?」
ぽんっ、と私は肩を叩かれて。
案の定横目で見やればイクスはこめかみをピクピクさせていたけど。
私は気付かないふりをして「いいですよ」とルーフェンさんの提案に応じる。
ルーフェンさんに連れて行かれたのは、砦の屋上だった。少し雲がかかって、こないだ山の上から見たような星空は見えないけれど。それでも地下の鬱屈とした空気から解放されて、私は大きく息を吸う。
「正直、聖女様を連れてきたのはこれがメインでな」
サブで泥棒手伝わせるとは何事だ――と思わないでもないんだけど。
先導していたルーフェンが胸元から取り出した革袋の色に、私は開きかけた口を閉ざす。
深い紫色は、この国で死者を弔う色とされているから。
ルーフェンは今までで一番優しい顔で、こう言った。
「どうか……ローウェンを弔ってやってくれないか?」
ルーフェンさんは、現エラドンナ侯爵の悪事に薄々気が付いていたという。だからそれを止める――なんて大義名分を抱くまではなかったけど、そんな嫌なやつが所有した状態で弟を眠らせるのは、忍びなかったらしい。
たくさん遊んだ、この場所で。
そんな楽しい思い出とともに、眠らせてやりたかったと――そんな兄としてのささやかなわがままを、彼は私たちに語ってくれた。
「遺体のほとんども……燃えちまってたからな。本当に骨と灰を集めただけなんだが――」
「問題ないだろ。東方では火葬という弔い方が一般らしい。実際に俺の婆様も生前、死後は燃やせと口酸っぱく言っていたくらいだ。土の中で腐っていくのは耐え難かったんだとよ」
「……へぇ。ぜひ御生前にお会いしてみたかったぜ」
「軽薄な色男は好きじゃないらしいから、門前払いがオチだな」
「こりゃ手厳しい」
私が用意する間、イクスとルーフェンさんはそんなことを話していて。
まったく……なんやかんや、イクスは優しいんだから。そんな我が従者に想いを再確認するのも少々。私は二人の背中に声をかける。
「着替え終わりましたよー」
さすがに、黒装束のまんまっていうのは格好がつかないからさ。
普段着ていた町娘風の服に着替え直せば(二人からは踊り子の服を強く勧められましたが、頑固と拒否させていただきました)、二人が振り返る。するとルーフェンが苦笑した。
「やっぱり聖女にゃ見えねぇーなぁ」
「聖女だろうがなかろうが、ナナリー様がお可愛らしいことに違いありません」
「悪かったなっ!」
くそぉ、たしかに錫杖もなければ装束も着ていない私なんて、ただの小娘でしかないと思うけどさー。まぁ、こちとら所詮、聖女のお勤めから逃亡中の旅人ですよ。聖女らしかったら逃げられません!
だけど――逃げてはいても、聖女なので。
「それじゃあ、夜が明ける前にやっちゃうよ~」
空が薄っすら白く染まり始めていた。さすがに朝になってしまえば、バレてしまうから。気安く声をかければ、ルーフェンは顔を引き締めて。
「あぁ――頼む」
その言葉を合図に、私は両手を合わせ祈り始める。
ローウェン=ルコル=ザァツベルク。彼とは治療のため、このループ生活の間にも何度も顔を合わせた少年だ。長い病気のため、背も小さく、手足も細く。それでも笑った顔がとてもかわいく、いつも二言目には「兄さん」と兄のことばかり話していた少年だった。
毎度、私が助けていたはずの少年が――どうして今回のループで死んでしまったのか。私にはわからないけれど。それが誰のせいなのかは、薄っすらわかっていた。
――私のせいだ。
厳密に言えば、このループ生活のせい。私たちが行動を変えない限り、状況は良くも悪くも変わらないものかと思っていた。だけど、今回は――さすがに目を背けることはできないだろう。死ななくてよかった少年が死んでしまった。そのため、寂念に駆られる青年が生まれてしまった。少なくとも彼らは、当初の人生では、私の治療が功を奏し、兄弟仲良く隠居生活を営んでいたはずだったのに……。
――ごめんなさい……。
祈りを終えた私はゆっくりと目を開ける。まるで夜空が泣いているように――金の粒子が、キラキラと砦に降り注いでいた。それに呼応して、砦全体が淡くエメラルドに光る。細かく刻まれた文様が濃淡を作りつつも、まるで砦が発光しているかのように、足元も眩しく。あーあ、砦の中の人のほとんどは眠らせたけど……これじゃあ外からもろバレだね。
それなのに、ルーフェンさんは「ありがとう」と私に目を細めて。
「もうちょっとだけ……待っててくれねぇか?」
私の横を通り過ぎて、砦の塀へ向かう。その手には濃紫の革袋を持って。彼は「おやすみ」と一言だけ告げて――革袋の中味を外へと撒いた。
動かない彼から踵を返して、私は昇降口横の壁に凭れるイクスの隣へ。
「お疲れ様です」
そう労ってきてくれた専属騎士に――私は少しだけ口角を上げたまま、訊いた。
「ねぇ……あなたは、だれ?」