静かなる砦✕絡み合う輪廻と回路
「――安らかなる眠りをっ」
「――安らかなる眠りを!」
「――安らかなる眠りを‼」
警備の人に会うたびに眠らせて、眠らせて、眠らせて。
「なぁ、聖女サマぁ。なんかもーちょっと他の芸、ないの?」
「おだまりっ!」
ぜぇはぁしながら懸命に働く私に対して、ぶーぶー文句言うルーフェンさん。
一喝文句を飛ばすけど、ルーフェンさんも働いてないわけじゃない。今も後ろの角から曲がってきた人へ即座に気付いて、ダーツを飛ばしている。即効性のしびれ薬が塗ってあるんだって。……大声出されたら困るから、すぐさま私が「安らかなる眠り!」と眠らせるんだけどね。
「でも白魔法って、もっと気絶させるとか昏倒させるとかできるって話じゃなかったか? 派手なモン見せてもらえると思ってたんだけどなぁ。せめて灯りを出してくれるとかさ」
そんな連携プレイをしながら、いけしゃあしゃあと暢気なものだ。
眠らせるのだってねぇ、気絶させるより高位な魔法なんだぞ~‼
気絶させるのは容赦なく聖力を叩き込めばいいけど、眠らせるのは相手の精神の乱れを調整させているわけだから、結構デリケートな作業なわけで。
でも同じ無力化でも、眠るのと気絶じゃ相手の身体への負担が段違いだからね。悪いことしているのはこっちなわけだし、できるだけ――なんて気遣い、私の独り善がりなのかもしれないけど。
ともあれ、こんな感じで鎮圧しつつ進めば――辿り着いたのは、四階の執務室。
またルーフェンさんがちょちょいと鍵を開けてくれて、ゆっくり扉を押してみれば。
「おや、誰もいねぇーのな」
重厚な絨毯が敷かれ、如何にもここだけお金をかけました、な様子の一室は無人だった。侯爵はここの砦が大のお気に入りで、執務室の隣に寝室も設けてよく寝泊まりしているという話だったんだけどね。先にそこも覗いたけど、誰もいなかったよ。
だから夜な夜なお仕事をしているのかと思ったんだけど……今日はお休みだったのかな?
「まぁ、居ないなら構わねーぇな。さっさと貰うモン貰って――」
と、ルーフェンがこれまた座り心地良さそうな執務椅子に座り、机の引き出しを漁り出す。目的のものはすぐに見つかったようだ。だけど――
「なんだこりゃ?」
その珍妙な箱を片手にしたルーフェンさんは首を捻っていて。扉の外を警戒していた私は振り返る。
「どうしたんですか?」
「ちょっと見てくんねぇーか」
ちょいちょいと手招きされるので行ってみれば、それは多角形が捻れたような箱……ようなものだった。机の上に置かれたランタンに照らしてみれば、幾何学模様が彫られていることがわかる。う~、じっと見ていると目眩がしてきそう。
でも見ないわけにもいかず……あ~なるほどね。
「これは俗にいう『パズル箱』と呼ばれる物ですね」
「パズル……模様を合わりゃ開くのか?」
「それが残念ながら」
実際にひねって回して、というからくりの宝物も東方にはあるってイクスのお婆ちゃんから聞いたことはあるけど。残念ながら、これはもっと私には面倒なやつ。
「この模様みたいなの溝に、指定の魔力を流し込まないといけないんですよ。その魔力が鍵になっている感じですね」
「そうか……じゃあ、いっちょ頼むわ」
「無理です」
「は?」
気安く頼んできたルーフェンさんを、私は一蹴した。
いや~、だってさぁ。私だって、ちょちょいって開けてあげたいけどさ~。
これ、魔力の調整が難しくてね? 総量もけっこう必要だし。そりゃあ、天才魔法少女である我が妹シャナリーちゃんならちょちょいで終わらせてくれるだろうけど……まぁ、知識だけはあるけど、私にゃ分野違いというやつですよ……。とほほ。
そんなことを噛み砕いてほんのり説明すれば、ルーフェンさんも複雑そうな顔をしながら納得してくれたようだ。
「その……国家聖女も大変なんだな……」
「すみません……」
憐れまれたけど! めっちゃ同情するような目を向けられたけど⁉
ルーフェンさんも人並みに黒魔法の嗜みはあるようで、挑戦してくれるけど――まぁ、人並みの人が開けられたら、鍵にはならないわけで。
「今のエラドンナ侯爵って立派な魔道士なんですねぇ」
「あぁ……オレも今見直してたトコ」
まぁ、このパズル箱って結構高価な代物らしいからね。これだけの物が執務室にあるってことは、この中に権利者があると見て間違いないだろう。
「これごと持っていきます?」
「それしか――」
ルーフェンさんが最後まで言葉を紡ぐ前に――正面から急に部屋が照らされた。
「なっ⁉」
慌てて顔をあげれば、部屋を封鎖するように武装しまくった兵士さんがゾロゾロ。その先頭に、ひときわ豪華な服装のおじさんが手のひらを掲げてニヤニヤと笑っていた。
このおじさん、どことなく見覚えがあるような……?
おじさんは言う。
「さぁ、水攻めに遭いたくなければ大人しく投了してもらおうか。言っていた通り、ワシはそれなりの使い手でのう?」
その手のひらに、どんどんと水の渦が蜷局を巻いていき。
黙って視線を合わせた私とルーフェンさんは、言われるがまま両手を上げた。







