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静かなる砦✕常闇に紛れる泥棒たち

 そして、夜も更けた頃。

 抜き足、差し足、忍び足……。そろりそろりと裏口付近の木陰を進んで――


「ナナリー=ガードナーを阻む者に、安らかなる眠りを!」


 少し離れた場所から祈り、しばらく待てば。警備の兵士二人の腰が地面に崩れる。短い桟橋を渡って、私たちはその横を通り過ぎる。


「ひゅ~。さすがは聖女様の白魔法! 便利だねぇ」

「シーッ! 強くかけてませんから静かにして下さいっ」 


 黒頭巾、黒い貫頭衣。全身黒尽くめになった私は、昼と変わらない様子で笑うルーフェンさんを注意した。対するルーフェンさんは日中と変わらない姿なんだけど……この衣装は「なんかあったら大変だろ?」とルーフェンさんが準備してくれたもの。警戒心があるのかないのか……よくわからない人だなぁ……。


 ――どうして、こんな泥棒の真似をしなければならないのか。


 理由はいくら訊いても教えてくれなかったけど。私たちは歴史的文化財でもあるこの大きな砦を盗むことになった。

 まぁ、盗むといっても砦を持ち運べるわけがなく。この砦の権利書とやらを盗めばいいらしい。だからと言って、じゃあ了解とっとと盗みましょう、となるわけないんだけどね。


「しかし……本当にエラドンナ侯爵を敵に回していいんですか? 仮にも見受け人になってくれるはずの方、なんですよね?」

「言ったろ? あとのことはその時考えるって」


 どうやらルーフェンさんのお母さん――現ザァツベルク国王の妾だった人が、このエラドンナ侯爵家で代々乳母をしている家系の人だったらしい。どういう経緯で他国の乳母の娘とザァツベルク帝王が結ばれたのかはわからないけど……婚儀後も、エラドンナ侯爵家とは懇意にしていたとのこと。その関係で、ルーフェンさん兄弟もよくこのエラドンナ大砦に訪れては、よく遊んでいたという。


 ――と、ここまでは少し不思議ながらも、まぁ多国間の面倒な王族貴族のわりにはいい話なのだが。近頃エラドンナ侯爵家の当主が変わったことにより、問題が起こる。


 財政難などが原因とのことだが……大砦が観光地化されてしまったのだ。財政難の原因? そんなのはミーチェン王太子の代理国王業の煽りを受けて――てことで、それは省略。エラドンナ侯爵領も一枚岩とはいかないようで、侯爵家の中でもこの観光地化に賛成の人と反対の人がいるとのこと。


 そして今回、エラドンナ侯爵のお力添えでアルザーク王国内に爵位を賜る予定のルーフェンさんがひと肌脱ぐってことらしい。


『侯爵と敵対するようなことして、ルーフェンさんは大丈夫なんですか?』


 それを訊いたら、ルーフェンさんは何も答えなかった。ただ一言、『オレのことは、どーでもいいしな』と、ただ淋しげに吐き捨てただけ。


 そんなルーフェンさんは、こんな泥棒大侵入の最中も陽気に話す。


「とりあえず、権利書をその知人に渡して。あとは知らねぇーな。ま、オレとしてはそんな権利なんぞはどーでもいい話なんだが……しかし、聖女様も可愛い見た目のわりにくどいなぁ」


 誤魔化すようにワシャワシャ頭を撫でられましても。そこに見た目は関係ないと思いますが。しかし、ワケアリならワケアリでいいとて、一つだけ納得いかないことがある。


「それなら、やっぱりイクスを連れてきた方が良かったのでは? 私が言うのもアレですが……彼、めちゃくちゃ便利ですよ?」


 護衛として腕が立つのはもちろん、身軽だし、手先も器用だし、機転も効く。そして……こう言っちゃあれだが、私の命令は絶対だ。命じたらその場の鎮圧は任せておけるし、鍵開けだって「ご命令とあらば」とちょいちょいやってくれそう……できるのかな? うん、やってくれそう。どうしても開かなかったら、剣で容赦なく斬りそうだけどね。それはそれとして。


 腕力に自身のない二人で乗り込むより……というより、私よりよほど役立つと思うんだけど……。鍵穴に針金を挿したルーフェンさんは言う。


「なぁーんか……あの男は気に食わないんだよなぁ……」

「何を根拠に?」

「んー……勘?」


 その時、カチャッと小さい音が鳴る。「開いたぜ」と立ち上がったルーフェンさんが紳士的に扉を開いた。


「どうぞ、こちらへ」

「……お疲れ様」


 小さく肩を竦めた私が先に入ると、そこに人気はなかった。ランタンも消されており、左右に続いているだろう通路は一寸先は闇。はて、権利書を保管しているだろうエラドンナ侯爵の執務室はどこだろう? 


 小首をかしげていると、「こっちだ」と迷うことなくルーフェンさんが私の手を引いてくれる。それに、私は素朴な疑問を投げかけた。


「この砦のことはどのくらい調べたんですか?」


 だって、悲しい事件があってから、まだ一月くらいのはずだから。

 その復讐に動き始めたとて、準備期間もその程度のはず。それなのに地図も見ずに行き先を即答したルーフェンさんに小声で尋ねると、彼の肩が小さく上がる。


「んー、十年くらい?」

「長過ぎません?」

「……オレらの、遊び場だったから」


 ルーフェンさんがどんな顔をしているかはわからないけれど。

 その声は、少し震えているようだった。


「ローウェンと、いつも遊んでいたからな」


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― 新着の感想 ―
[一言] 思い出の場所か… なんか切ないなぁ〜。
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