観光地の地下室✕復讐のための取引
ルーフェン元王太子殿下は語った。
元から、妾の子だったルーフェン王太子が王位を継ぐことに、叔父である公爵筆頭、不満を持つ者は多かったという。ただ、現皇帝であるルーフェン元殿下の父親は、ルーフェン元殿下の有能さや誠実さを高く買っていて……自身の血を引く唯一の健康な男児だったこともあり、王太子としていたと。
だけど、他に直系の男児がいるとわかり、話が変わった、と。どうやら現皇帝の妹が駆け落ちしており、その息子がいることがわかったというのだ。そして、そちらを持ち上げる者も出てきたという。
そもそも、ルーフェン元殿下自身はそう拘りを持っていたわけでなく。弟さんもまだ十歳と歳の離れていたことから(ルーフェンさん自身は今年でちょうど二十歳らしい)、弟の治療や教育に援助をしてもらえるのなら、王位を退いて良いと――そう話を結論づけるために、現皇帝や叔父公爵に話をつけに国に戻っていたという。
しかし、その間に弟殿下の症状が悪化。急遽、弟殿下の体調の波を見つつ、私の元へ戻ろうとしていた時に――先手を打たれた、と。養生していた屋敷に火をかけられ、助かったのはルーフェンさんただ一人だったという。
「父上も見る目がないよな。どこが有能だよ……弟ひとり、炎から助けてやれない兄貴のさ……」
メイドや執事の数人をそれぞれ買収されており、ルーフェン元殿下もその日の夜に睡眠薬を盛られていたらしい。使用人のそれぞれは他の協力者のことは知らず、薬を盛った者、ぼやのつもりで火をつけた者、嫌がらせのつもりで油を撒いていた者、弟殿下の部屋に普段かけない鍵をかけた者、それぞれの小さな悪手が、大きな事件へと繋がっていたという。
それが一月前。ちょうど、私がミーチェン王太子から婚約破棄を言い渡された頃。
そして弟殿下は亡くなり、その責任をルーフェン元殿下がとらされて――それをきっかけに王位を剥奪されたという。ルーフェンさんはその後、私に会うべくエラドンナ大砦にまで辿り着いたのだ。
「わざわざお報せいただき……ありがとうございました」
「いや、あんたには弟含めて世話になったからな。当たり前のことをしたまでさ」
そうゆるやかに微笑みながら、ルーフェンさんはお酒を飲む。どんな味がするんだろう。それを想像するだけで、胸が痛い。
私が同じように林檎ジュースで喉を潤していると、イクスが言う。
「――で、何が狙いだ?」
「ちょっと、イクス⁉」
慌ててイクスを静止させようと腕を引っ張るも、イクスはこちらを見ようともしてくれない。据えた目で睨むイクスに対して――ルーフェンさんは鼻を鳴らした。
「ひでーな、専属護衛さんよ。何もかも亡くした男に、もーちっと優しくしてくれてもいいんじゃねぇーかい?」
「生憎、男を誑し込む趣味もなければ……無駄な同情をかける趣味もなくってな」
無駄って――さすがの物言いに強く注意しようと腰を上げかけるも。眼帯を戻したルーフェンさんが舌打ちした。
「ちぇっ、せっかく同情からサービスしてもらおうと思ったのによぉ。テメェ、可愛くないとか良く言われないか?」
「男が可愛くてどーする?」
「違いねぇ」
吐き捨てるように笑ったルーフェンさんが、頬杖をついたまま私に視線を向けた。
「そういうことで、聖女様。取引だ――あんたが連れている聖鳥カラドリウスの幼生、オレに譲ってくれねぇーか」
「なっ⁉」
私は思わずジョッキを置き、胸元を押さえる。……まぁ、ここにはピースケくん、いないんだけどね。それでも、ルーフェンさんはそんな私を見て笑みを強めた。
「カラドリウスは聖女が転生した姿という逸話があるよな? 卵を食べると不老長寿に。さらにザァツベルクの論文にはもっと面白いことが書いてあってよぉ……その身を口にした者には、聖なる力も宿るというんだ」
「……復讐、でもするつもりですか?」
「さぁ……そこまで話すつもりはねぇが……悪いことは言わねぇが、大人しく渡した方がいいと思うぜ? ここは荒くれ者の多くが利用する宿の地下と繋がっていてな。ちょっとでも騒げば……わかるだろ?」
……ルーフェンさんの気持ち、わからないでもない。
大事な人を奪われて、どんな手を使っても報いたい。ルーフェンさんは武芸や魔法に特別長けた才能はなかったはず。だからこそ、伝説に近い絵空事に縋るんだろう。聖鳥カラドリウスを食べた人の話なんて聞いたことがない。
私は胸の前で拳を握ったまま、提案する。
「……私なら、ルーフェンさんの傷跡をもっと目立たなくすることもできますが?」
「興味ねぇーな。オレの顔なんざ治っても……あいつは、帰って来ねぇんだよ」
――どうする?
私が奥歯を噛み締めた時、イクスが「わかりました」と立ち上がった。その胸元から「ピィ」と鳴くピースケくんを取り出し、テーブルの上に置く。
「イクス⁉」
まさか、本当にピースケくんを――そう絶望しかけた時、イクスは素早く腰の剣を抜いて。その切っ先をテーブル対面のルーフェンさんの喉元に向けた。







