観光地の悪夢✕装飾品過多な救い手
「俺の妻に何の用だ?」
私たちを取り囲む十人くらいの人たちを、いつもの調子で威嚇するイクス。腰を抱かれるのも慣れたもの。私が大人しく様子を見ていると、真ん中の良い服を着た人が言う。
「用も何も……今、その手配書見てただろ、せ・い・じょ・さ・ま?」
その瞬間だった。その人が躊躇いなく腰の剣を抜いたと思いきや――通りすがりの子供を、容赦なく斬って。
「えっ……」
その子供は、本当に通りすがりで。多分、旅行者だろう。少しおめかしした風のつなぎを着た男の子が、途端地面に横たわる。地面に広がる赤い血。お母さんらしき女性の悲鳴。一瞬たじろいだ後に、剣を赤く汚した男に殴りかかろうとして、逆に取り巻きに殴られるお父さんらしき人。
真ん中の人の笑みが歪に見えた。
「さぁ、治してみやがれ聖女様っ! たとえ国家聖女じゃなかろうと……高値がつくには違いねぇ」
――奴隷商人か何かか。
私はようやく息を吸う。
「イクスっ!」
「拝命しました!」
何とは言わない。私が子供に駆け寄る道を、イクスが作る。倒れる男の子の傍に屈み、その細い息にひとまず安堵の息を吐いて。私は人前だということを躊躇わず印を切り、祈る。
「ナナリー=ガードナーが慈しむ者に――清らかなる癒やしを」
途端――少年の腹部の傷口まわりに、金色の粒子が集まって。時を遡るように傷口が塞がっていく。その間、私のまわりで殴られ、蹴られ、呻く人々の声や悲鳴をあげる声音が聞こえるような気がするけど……意識を少年の集中している私には、関係ない。
だって、この程度で私の従者が、私の意図としない結果を残すわけがないのだから。
「ナナリー様。鎮圧、完了しました」
「ご苦労」
傷が完全に塞がった頃合いを見計らって、イクスが声を掛けてくれる。視線を向けることなく労りの言葉を返せば、頬を腫らした男性と目を真っ赤にした女性が慌てて駆け寄ってきた。私がそっと立ち上がれば、入れ替わるように彼らが息子を抱く。柔らかそうなお腹を上下させて眠る息子の姿に、彼らはわぁっと泣き出して。
それと同時に、最低な声もあがる。
「聖女だ! 聖女がいたぞーー‼」
その声に、わらわらと集まろうとするゴロツキたち。戸惑う一般市民の方々に、これ以上迷惑をかけられるはずもなく。
――どこに逃げる⁉
そういう判断を下すのは、私よりも彼が早い。
「こちらへ」
イクスが躊躇うことなく私の手を引いて、裏路地へと走る。私はただただ彼の足幅に合わせることが目一杯で。必死に薄暗い路地裏を走っていると、地面から「こっちだ!」と男性の声。その下は……下水道?
振り返れば、角の向こうから「聖女はどこ行った⁉」という雑踏がすぐそばに。
「抱えます」
イクスは事後報告で私を抱えて、その穴に飛び降りた。イクスの腕の中で、わっと迫ってきた異臭。それに顔をしかめた時――その青年は、下水道への入り口を閉めて、くつくつと笑いながら隣に飛び込んできた。
光源は男が持つランタンの明かりのみ。暗くて髪の色までわからないが、かなり無造作な髪型の様子。片目を黒い眼帯で覆った彼が動くたびに、彼が身に纏う装飾品の数々がシャラリと音を奏でている。
「潔い指名手配犯だなぁ……追われてるとはいえ、普通もう少し警戒しねぇか?」
「市民が多くいる場所より、御しやすしと判断したまでだ」
それに、イクスは私を下ろしてから、低い声音で応える。当然、隣に異臭混じりの水が流れる細い路地で、剣を抜いて。
警戒を崩さない私たちに、その男はせせら笑いながら両手をあげた。
「おっと。乱暴は休憩と行こうぜ――オレは天下の大泥棒、ルーフェン様だ。この砦から無事に出たいんだろう? そこで国家聖女ナナリー=ガードナーと取引がしたい」
ルーフェン……? その名前、どこかで覚えが……。
記憶を辿ろうとする私に、ルーフェンと名乗った男が踵を返しながら、くいっと親指を後ろに向けた。
「着いてこい。ここじゃ、聖女様にゃ臭くてたまらねぇだろ?」
シャラシャラと、装飾品を鳴らして。
一方的に歩いていく青年の背中に、私とイクスは視線を合わせてから大人しく着いていく。







