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砦の張り紙✕渦中の指名手配犯


 ―・―・―・―


 12回も同じ三年間を繰り返して、何も歪みがないはずがない。

 ――同じようで、違うこと。

 そのことから目を逸らし続けて……後悔するのは、もうすぐだ。


 ―・―・―・―



「そういえばさ、イクスはこの間のお酒、大丈夫だったの?」

「この間とは?」

「アルバさんと競って? 飲んでいた時のやつ」


 王城から逃亡した直後、城下町では一口で倒れていたイクスさんである。

 結局アルバさんに運ばれ、翌朝までダウンしていたとはいえ――次の日には紐の上で決闘(?)していたわけですし。アルバさんも翌日に残らないお酒と言ってたにしろ、イクスにしたら頑張りすぎたのでは……と心配だったんだけど。


 そんな私の心配にイクスはやたらカッコいい微笑で頷く。


「男には――負けられない戦いというのがあるのですよ!」

「……そーいう問題でどーにかなるもの?」

「どうにかする(・・)ものなんです‼」

「なるほど?」


 体質的なものを気合と根性で本当にどうにかなるのかは置いておいて。

 さすがに具合悪い中、今日もか弱いもふもふに「パパと呼べ!」と喧嘩したりはしないだろう。


 そういうことで、この問題は片付けるとして……ですよ。


「いくすーいくすー」


 イクスさんに今日も摘まれて「いくすー」と鳴いている聖鳥カラドリウスの幼生を助けないといけないだろう。


「ほら、イクス。そろそろその子返して? 気に入ったのはいいけど、さすがにもっと丁寧に持ってあげないと」

「は? 誰がこんな白いけもくじゃらを気に入ったと仰るんですか? まぁ? 此奴が俺のことを『パパ』と一言呼びさえすれば、我が子の如く溺愛してあげなくもないですが?」

「いくすーいくすー」


 山から下りて三日ほど。ずーっとイクスはこの調子で。ずーっとカラドリウスに詰め寄っているもんだから、「まま」と私を呼ぶよりも「いくすー」と鳴くことの方が増えつつある今日この頃。さ、寂しくなんかないんだからね! 何はともあれ、イクスも口だけでカラドリウスの子を怪我させることもないし、可愛がっているのなら何より……そう、結局一日の大半をイクスの肩に乗って、イクスの髪を(くちばし)で食べてばかりなことなんか、気にしてないんだから……とほほ。


 まぁ? イクスは何やかんや優しいし? カッコいいし? 頭もいいし? わ、私も大好きなくらいだから? そりゃあ、聖鳥だって――


「だああああもうっ! 貴様なんかもうピースケだ、ピースケ! いいかピースケ、貴様が認めなかろうと、俺が! ナナリー様の! 伴侶っ‼ つまりは貴様が『ママ』と呼ぶ女の伴侶である俺は貴様の『パパ』なんだ! わかったか!」

「ピィ……」


 そしてモシャモシャとイクスの髪の端っこをむしゃむしゃするピースケ君……あぁ、結局名前までイクスに付けられちゃった……。それで可愛がってくれるなら……いいけどさ……。


と、命名(?)ピースケのネーミングセンスについて。


「イクスってやっぱり東方の文化好きだよねぇ。ピースケの『スケ』って、あっちの方で多い名前なんでしょ?」

「あー、言われてみればそうですね。婆様の影響……なのでしょうか」

「あはは、イクスお婆ちゃんっ子だったもんねー」


 イクスの祖母は東方出身の方だ。刀っていう種類の剣一本で旅してきた流れ者で、東方でもそれなりの貴族の令嬢だったとか違ったとか。小さい頃は、私もよく旅していた時代の頃の話を聞いていた。


 強くて、凛として、不思議な人だったけど、四年前――私が十三歳で聖女になりたての頃に、お亡くなりになっている。その時のイクスは十五歳で、教会騎士団の新人として揉まれていた頃かな。二人共お婆ちゃんの死に目には立ち会えなかったんだけど……お葬式の時は、私が聖女として祭司をあげさせてもらった。私の聖女としての……初めての仕事。その時のイクスの悲しげな顔は、今も目に焼き付いている。


「……そうですね。あの祖母の影響を受けるなっていう方が無理があります。あぁ、今も耳の奥に怒鳴り声が……」

「私は怒られた覚えないんだけどねー。一回くらい怒られてみたかったな」

「悪いことは言いません。やめた方が宜しいかと」

「えぇ~?」


 そんな昔話に花を咲かせている間に、「見えてきましたよ」とイクスが指差す。

 木々の隙間から見える立派な砦の片鱗に、私は「おぉ」と感嘆の声を漏らした。




 エラドンナ大砦。かつて起こった魔族と人間との戦争において、押し寄せる魔族の大群を打ち止めたとして堅固な壁である。一見石造りのそれであるが、その石の一つ一つに魔術の文様が刻まれ、どんな炎や水攻めからも領土を守ったとされる逸話付き。今も、れっきとした聖女が聖力(マナ)を流しこめば、石造りの壁は淡いエメラルドに光り、どんな攻撃も防ぐ……らしいけど、わざわざ私はそんなことを試したりはしない。


 理由の一つは、ここが観光名所で賑わっているから。

 少し前までは、歴史的文化財として丁重に保管されていたという話だったんだけどね。つい最近、観光名所化して市民にもこうして開放されたという。だからこうして、普通に私たちも目立つことなく訪れることができたわけだっけど。


 そして、理由その二。ここの掲示板には『偽聖女御一行』の張り紙があるから。

 しかも、


「おぉ……報酬が跳ね上がってる……これだけあれば、一年間はお金気にせず旅できるかな?」

「そうですね……いざとなったら、俺だけでも捕まってみましょうか。そして報奨金だけ貰って逃げてきましょう。ご安心ください。警備兵の二十人や三十人くらい、どーとでもなりますので」

「あはは……本当にやっちゃいそうで怖いなぁ」

「貴女様のご命令とあれば、いつでも?」

「当分やめておきましょう」


 今日もイクスさんの冗談は面白いなーと横目で見れば、イクスの胸元から「ピィ」と白いもふもふが顔を出す。「こら、大人しくしろ」とイクスは無理やり服の下に隠そうとするけど……ちょっと羨ましいのは内緒だ。


 本当はさ、私がピースケを隠す役したかったんだけどね。胸元に入れようとしたら、イクスが「破廉恥なっ⁉」なんて言うもんだから……。


 あれやりたかった、やりたかったよぉ……。

 なんて涙を胸中に隠して、私が踵を返そうとした時だった。


「よぉ、姉ちゃん。ちょっとこっちで楽しいお話しよっか」


 掲示板を見ていた私たちのまわりには、如何にも物騒な男の人たちが取り囲んでいて。

 その真中にいる男の人だけが、少しだけ良い服を着ている。その人が、下衆らしい笑みを浮かべていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] うわ〜次回は死人が出ますね?(笑)
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