sideイクス 4回目の死
◆ ◆ ◆
「あの……今回はどうするおつもりですか……?」
「ん?」
ミーチェン王子から呼び出され、侍女に着いて行こうとするナナリーを思わず呼び止める。振り返った彼女はやっぱり可愛くて、少しだけ幼くて。そんな彼女が困ったように笑った。
「んー、どうしようね?」
「そ、それなら――」
やはり、婚約破棄を受け入れましょう。
そんな俺の邪な提案を、ナナリーはあっさり受け入れてくれた。
彼女としては、単純に前回と違う手段を取ろうとしているだけなのだろう。俺は、ただその合理的な思考を利用しただけ。生き延びたい。このループから解放されたい。その当たり前な感情を、俺は邪な理由で使うだけ。
彼女を己の手で掴んでおきたい――ただ、その一心で。
「王太子との婚約に縋り付いてもダメ、真面目に働いてみてもダメ……」
王太子からの申し出をやんわり躱してきたというナナリーは、いつもの私室で「うーん」と悩んでいる。その悩ましげな表情がまた憂いがあって、だけどどこか馬鹿っぽくて可愛い……という欲望を胸に隠し、俺は彼女の出す答えを待つフリをする。
だって、俺は気が付いてしまったから。
どんなに夜が眠れなかろうと、身体が痛かろうと、どうでもいい。
ただただ、ナナリーが俺の隣で笑ってくれれば、それでいい。
俺がどうなろうと。世界がどうなろうと。ナナリーがどうなろうと。
嗤ってしまうくらい……ナナリーが俺の手の内に居てくれれば、それだけでいいのだから。
「それじゃあさ!」
ナナリーは何か閃いたらしい。人差し指を立てる彼女は、明るい顔をして。そのきっと可愛らしい名案を、如何にそれらしく手伝うか――そうこっそり思案する俺に、彼女は言った。
「今回は外の国に嫁いでみようか!」
「……………………は?」
俺の可愛いナナリーが言うには。
ミーチェン王太子のそばには、誰かが必要だということ。だけど、それは自分じゃなかったということ。
「なんか……上手く言えないんだけどさ。私相手じゃ、見栄を張っちゃうみたいなんだよねぇ。私に対してコンプレックスみたいなのがあるらしくて……」
これ以上他所の男のことなんか語らないでくれ。どーでもいいんだ。あんなクズが見栄を張ろうが破ろうが。ナナリーにコンプレックスだ? そんなモン抱く価値もないだろ。婆様の言葉を借りるなら、月とすっぽん……いや、天女とゴミクズだろう。
そんな俺の胸中を知らないナナリーは「だからね」と鈴のように可愛い声音で提案してくる。
「今回は敢えてミーチェン王子から離れてみようと思うの。ちょうど婚約破棄されたわけだしさ、これでも公爵家の長女ですし。次の嫁ぎ先を探さなきゃならんと思うのですよね!」
「……ちなみに、レッチェンド家はどうですか?」
「ん~、イクスの家?」
俺がなけなしで絞り出した声音に、ナナリーは小首をかしげて。そのたおやかな白い髪の隙間から除く滑らかな首にしゃぶりつきたい。そんな願望を常に秘めている俺のことなんか知らない彼女は、肩を竦めて笑う。
「もう、何いってんの? イクスのお兄さんにはずっと恋人がいるじゃない。騎士団長になったら結婚するって……そういや、ずっと結婚できてないね」
アイザック=レッチェンド。俺の兄貴は他国の恋人がいる。だが、彼女は第四王女。たとえ公爵家の後継者だとしても、王家から嫁を貰うには、それだけでは立場が弱い。だから兄貴は、誓いを立てた。王立騎士団の団長になった暁には、結婚してほしいと。武力の象徴である騎士団長に嫁ぐという大義名分は、和平の聴こえも悪くない。その誓いは無事に両国に聞き受けられ、兄貴は愛する女のため、一心不乱に出世街道を歩んでいる。遅くとも、あと五年で団長になるのでは――なんて噂もあるくらいだ。
あと五年――それが、永遠に来ないのだけども。
「だから、アイザックさんのためにも。今度こそこのループから解放されないとね!」
頑張ろうね、と笑うナナリーに、俺は何食わぬ顔で「そうですね」と笑い返す。
兄貴には悪いが――今回も五年後は来ないだろう。
だってナナリーはまた、他所の男と結婚しようと言っているのだから。
それからのナナリーの行動は迅速だった。
ミーチェン王太子からの婚約破棄の申し出を、両親に泣きつき、国王陛下に泣きつき。ナナリーの(嘘の)涙に、病に咳き込みながらも愚息の無礼を侘びてくれた国王陛下が、動いてくださった。国家聖女の交代と、隣国の王太子の紹介だ。
隣のザァツベルク帝国でも聖女の立場は高く、聖女としてのナナリーの評判も聞いていたそうで、王太子自身も乗り気。話は思いの外すんなりと動いてしまった。むしろその王太子はお忍びで何度も教会に赴いていたそうじゃないか。
ちなみに、こうした具体的な話が動く前に、前回の汚点について調べてみた結果。
ナナリーに毒を仕込んだのは、ミーチェン王太子に恋慕を抱いていた伯爵令嬢によるものだったらしい。「やっぱりちゃんと愛してくれるひとと結ばれる方がいいよね」とナナリーがひっそりその令嬢の恋路を応援して……ミーチェン王太子はたびたび、その令嬢と二人でお茶をするようになったという。
――と、そんな他人の恋路など、どーでもいい。
むしろ、俺はナナリーの心境があまり理解できん。無事になかったことになったにしろ、どーして自分を殺した相手のために行動できるんだ?
『だって、私ちゃんと今生きてるし?』
きょとんと可愛い顔してもダメだ。その根っからのお節介といい、人の良さといい……勘弁してくれ。心配してもしきれないだろう。可愛すぎる。そんなナナリーを……俺が苦しめているなんて、耐え難すぎる。
それでも、俺は――苦しくて。苦しくて。ナナリーが隣国の王太子から「とりあえずお試しでデートしてみませんか?」という申し出に、きゃあきゃあ騒いでおめかしして。
「恥ずかしいからイクスは絶対についてこないでね!」
そう俺に厳命して出掛けていく背中を見ているのが苦しくて。俺は迷うことなく、こっそり逢い引きの後をつけた。
相手の王太子は、とても気さくな男だった。
だが……俺はナナリーには言わず調べてあった。この王太子は、もうすぐ爵位を剥奪されるらしい。どうやら妾の子だったらしく、最近になって正式なる嫡男が見つかったということ。それはまた面倒なお家騒動らしいが……自立への多額の支援金と、何も知らない弟の養育、及び教育支援を条件に、自分は王位から下りることにしたそうだ。
それでも、ナナリーのことは諦めきれずに……今日ナナリーとデートしているという。
この元王太子は帝国での王位を失くしたのちは、縁戚の伝手でこのアルザーク王国に爵位を預かるという。しかもこの男には商才があるらしく、用意周到にもアルザーク王国で商売をする手筈も進めているらしい。
まぁ、どのみちナナリーの嫁ぎ先にそう悪くない条件というわけだ。ナナリーが「うん」と頷きさえすれば。
そんな二人の城下デートは、和やかに続き……。
ナナリーが楽しそうに笑う度に、俺の中で悪い感情が燻り続ける。
ダメだ。人として最低な行動だとわかっているのに、俺は腰の剣から手を外すことができない。
その時――幸か不幸か、俺は見つけてしまう。
街人に扮した男が、服の下からナイフを取り出していた。あ、これは刺客だ。狙いはあの元王太子か。長年の経験だな、ひと目でわかった。
それなら、国家聖女の専属護衛である俺の役目は簡単だ。
あの刺客を始末しなくては。出本は概ね、ザァツベルク帝国関係の者だろう。王位から下りることになったとしても、正当なる血筋が後から邪魔なる恐れが消えるわけじゃないからな。根から絶とうという輩が出てくるのも不自然な話ではない。
正直、そんな隣国の王太子の命など興味はないが――隣に国家聖女がいるのだから。邪魔だと彼女も始末されてしまう可能性も高い。どのみち今隣にいる男が襲われて、黙っている彼女でもないことは重々承知だ。危険はあらかじめ除去しておくに限る。俺にはそれができるだけの能力がある。
なのに――俺は動けなかった。
だって、時期的にもそろそろだろう? このままこの縁談が上手くいくなら――戻る時期にはちょうどいいんじゃないか?
だから、俺は見殺しにした。
すれ違いざまに元王太子が刺されて。ナナリーは一瞬何が起きたのかわからなかったのだろう。膝をつく男を確認したのち、怪我を治癒するよりも前に刺客を捕まえようとしてしまう。
……あぁ。せめて、治癒を優先させれば良かったのに……。
とっさの判断ミスが、彼女の正義感が、彼女を殺す。白魔法でも黒魔法でも変わらないが――魔法なんかより、ナイフの方が早く人を殺せるのだから。だから、邪魔だと判断されたナナリーは刺されてしまって。
だけど、彼女から散り散りになろうとする黄金の欠片を、今回も俺は全て絡め取る。赤い楔がひとつ残さず、彼女を掴んで。
「……では、またやり直しましょうね」
俺は倒れる彼女を抱き込んで、確かに口角を上げた。
そして――
◇ ◇ ◇
「あぁ……また失敗しちゃったねぇ……」
あの刺客の人強かったなぁ、そう苦笑する彼女に俺は告げる。
「俺を連れていけば良かったのに」
「本当だねぇ」
眠れない夜を数えるのは、とうにやめた。日に日に増す身体の痛みも、どうでもいい。
だって、また今回も扉がノックされるのだから。
「聖女ナナリー様。ミーチェン王太子殿下がお呼びでございます」
さぁ、五回目の婚約破棄から始めよう。
俺たちだけの、三年間を――――……





