高山の涙×あなたの声しか聞こえない
背中から落ちて。その浮遊感が思いがけず楽しくて、一瞬変な笑いが出そうになる。だけど、すぐ迫ってくるのは、慣れてしまった『死』。
今回は早かったな。こんな早い場合は……どうなるんだろう? やっぱり死に戻るのかな? それとも本当に死んでしまうのかな?
山の上から、四つん這いになったアルバさんが何かを言いながら私に手を伸ばしているのが見えた。
ごめんね。他の人から告白されたのなんて初めてだったから、とても嬉しかったんだけど……だけど、私は――
「ナナリーーーーーっ‼」
下から聞こえるイクスの声しか聞こえない。
あぁ……呼び捨てにされたの、久々だな。ループし始めた頃は、普通にタメ口だったのに。何回か繰り返し始めてから、いつの間にか敬語になってしまった。
始めは敬称付がむず痒くて、それが少し楽しくもあったんだけど……やっぱり本当は要らないの。私は忠実な騎士よりも、イクスが欲しいんだもの。それでも、何度人生をやり直しても――私はやっぱり臆病で、あなたの忠誠心しか求めることができないから。
次があるのが嬉しいのか、悲しいのか、自分でもわからない。
ただただ――それでも、今回城を出たことは良かったと思う。私がイクスのことが好きだってことが、とてもよくわかったから。……我ながら、どれだけ時間かけてるんだろうね。
さて、また死ぬか。正直何度死んでも、自分が死ぬ時の記憶がうろ覚えで。今度こそ何がどう起きて死に戻るのかしっかり覚えてやろうと、覚悟を決めた時だった。
「キィィィィィィ」
甲高くとも耳馴染みの良い鳴き声が響いたかと思いきや、ボスッと何かに埋もれる感覚。白い毛並みが極上の毛布のようだった。バァサッ、バァサッとそれが羽をはためかせる度に、私は風圧に吹き飛ばされそうになる。だからそのたてがみを掴ませてもらうも、聖鳥カラドリウスはビクともせず、青い大空を旋回する。
「うわぁっ!」
乗ってる! 私、聖鳥カラドリウスの背中に乗ってる‼
「イクス、見て見て! 私――」
まずイクスに声を掛けようと、その首元と羽の隙間から眼下を見下ろそうとして……私は閉口する。なんでイクスが泣いているの⁉
「え? あ……あの、カラドリウスさん! 下におろしてもらうこと出来ますか⁉」
正直人の言葉が通じるのかどうかが謎だけど、カラドリウスは「キィ」と泣いて旋回、下降。狭い崖の隙間だから下りられるにも限度があるけど、そのギリギリから私は飛び降りる。すると――当たり前のように、イクスが抱きとめてくれて。その逞しい腕が、ギュウッと私を締め付ける。
「……心臓が、止まるかと思った……。もう勘弁してください。貴女様が死ぬところを見たいだなんて、俺も望みたいわけではないんです」
「ご、ごめん……」
私が謝っても、痛いくらいに私を抱きしめる腕はまるで緩んでくれなくて。
イクスの肩越しに、崖を滑り落ちてくるアルバさんが見えた。せめて「どうも」と会釈したくても、首を下げる余裕すらない。だけどアルバさんはゆるく口角を上げながら、視線を下げ。
私たちを見下ろしていたカラドリウスが再び「キイイッ」と鳴くまで、イクスはずっと泣き続けていた。
「見苦しいところをお見せして、申し訳ありませんでした」
「謝るなら私じゃないんじゃないかな?」
「どうしてです? 俺は貴女様以外に何と思われても何も問題ありませんが?」
……イクスさん、泣きすぎて頭おかしくなったかなと不安になる会話の通じ無さだけど。
うん。泣きすぎて頭がおかしくなったんだと思おう。今だって、私を紐で背中に括り付けながら崖を登っているわけだしね。
密売人たちは逃げてったけど、カラドリウスの巣が無事だったか把握しきれてなかったので。
それを確認するために今一度巣に登りたいと言ったらこれである。いや、あの私……さっき一人で駆け上がったばかりなのですが?
「私自分で登れるよ?」
「どうぞ遠慮なく。俺が貴女様の温もりを常に背中で感じていたいのです」
「……せめてカラドリウスに乗せてもらうとか」
「は? 俺以外のやつに跨りたいと?」
もおおおおおおお、聖鳥にまで嫉妬しないでってばああああああああ! それに言い方⁉ ほんと、おかしい! 今更だけど!!
そんなわけで今日も絶好調なイクスさんは「着きましたよ」と難なく頂上へと辿り着く。この無駄体力め……なんて罵るとまた面倒なので、私は大人しく紐が解かれるのを待ちながら巣を観察した。
大きなカラドリウスは今も私たちを見守るように空でゆっくり羽をはためかせていて。
その下の小枝が積まれた中に、淡く虹色に光る人の顔と同じようなサイズの卵が八つあった。良かった……割れてるようなものは見当たらない。「良かったね」とイクスとカラドリウスに言おうとした時である。
ピキピキッと何かがひび割れるような小さな音。それと同時に、芸術品のように綺麗だった卵に黒いヒビが入っていき。
「イ、イクス……?」
「? 紐ならもう解けますよ」
ほら、と我が身に自由が返ってきたのと同時だった。
「ピイッ‼」
殻の破片がポロッと落ちて、その隙間から嘴のようなが突き出てくる。そしてそれがツンツンと動き――再びそれが「ピイッ‼」」と鳴くと。くりくりの目が可愛らしい白く大きなひよこのような生物が、私の顔をまっすぐに見て「まま!」とはっきり叫んだ。





