高山の集落✕聖女さまはお嫁さま?
「ナナリー=ガードナーの慈しむ者に、柔らかな癒やしを」
私が祈れば、アルバ(元・猿男)さんの腕の傷が塞がっていく。それを近距離(近すぎる……)で見ていた村人たちは「おおおおおおおお!」と盛大な歓声をあげた。
「スゲェ。ナァナァ聖女サマ、オレっちの婆様の膝も見てヤッテクンネー?」
「イヤ、先にウチの爺様ダッペ。腰が痛くて綱渡リが辛イのナンの煩クてサァ」
「イヤイヤ。それならオイラの妊娠中のネエチャンが――」
「イヤイヤイヤ。それよりアタシの娘が昨日転んで――」
一気に詰め寄られても困るんだけど……。でも全員が「自分を」ではなく「家族を」て言っているもんだから……良い人たちなんだろうなぁ。みんな入れ墨しているから、見た目はちょっと怖いんだけどね。
だけどそのうちのひとりが、私の背中をバンバン叩きながら教えてくれる。
「本当に密売人なんて疑ッて済マナカッタねぇ! イヤね、コノ時期は聖鳥の卵を狙ウ密売人が多イからさ。テッキリアンタ達もソーナノかと……」
あーなるほど。たしか聖鳥の卵って、不老長寿の秘薬とも言われているんだっけ? それが本当かどうか試した記録はなかったはずだけど……本当であれ嘘であれ、高値で売れるのは間違いなし。
その誤解が解けたのはいいんだけど……痛い痛い。背中バンバン痛い……。
今も「ウチの――」と詰め寄ってくる人らも合わせて対応に困っていると、治った傷跡をしげしげと見ていたアルバさんが「黙レ」と一喝。そしてそのまま両手で私の手を掴んできては、まっすぐな瞳で見つめてくる。
「オレと……結婚してクダサイ……!」
「断あああああああああああああああるっ!」
絶叫したのは、無論私ではない。
……ねぇ、イクス。おまえはいつから私の父親になったんだろう? 今のは彼氏を超えて父親的な発言だよね? ……そもそも彼氏でもないんだけどさ。
そんなイクスは未だに手足を縛られていて。だから蚊帳の外から声しか出せないはずなんだけど――なぜかイクスは立ち上がっていた。あ、あの固い紐を引きちぎったの? 手首から血が出ている。
私が慌てて癒そうとするも「あとで結構です」とそっと退かされて。彼はアルバさんの民族衣装的な首飾りを引っ張った。
「貴様は誰に物申しているつもりだ? 口説きたいならそこらの石ころでも口説いてろ。野蛮な貴様にはお似合いだ」
「なぜオマエに文句を言ワレナければナラナイ? オマエは聖女のなんだ?」
「俺は彼女が最愛する夫だ」
「嘘ダ」
「どうしてそう思う?」
いや、イクスさん……どうして思うって、そりゃあ嘘ですからねぇ。
村人さんたちは「若長ガンバレ!」「負ケルな若長!」と二人の扇動に乗り気のようだけど……あ、村長さんも乗り気だ。斧を振りかざして「民族の誇りはオマエにかかってるゾ‼」などとこれ一番に煽っている。ほんと仲良いな、この集落。
「ダッテ、彼女はマダ純潔ダロウ?」
「ほう……それはどうだろうな?」
「煽っても無駄だ。オレにはワカル」
「何を根拠に」
なので私ひとり完全なる傍観者を決めていると(決めさせてください頼むから)、アルバさんが叫んだ。
「匂イダッ‼」
もうやだ~~。私帰る! おうちに帰る~~!
そう内心で駄々をこねつつも、さすがに泣きわめくと余計に事態が悪化しそうなので。私は無心を装う。私は聖女。瞑想なら得意。あぁ、甘いふわふわのケーキが食べたいなぁ。クリームいっぱい。果物もたくさん乗せちゃおう。うふふふふふふ。パパー。ママー。シャナリー。今日もお姉ちゃんは元気だよ~。
だけど、現実は非情だ。
イクスはそんな暴論に負けず鼻を鳴らしていた。
「ふんっ、童貞が勝手に妄想しているがいい」
「オマエは将来の伴侶以外に欲情スルのか⁉ 下賤なヤツめ!」
「はっ、何を言う。夢で何度――」
あーあーあー。聞こえないー。
反射的自己防衛で耳を塞いだ私は正解だったのだろう。イクスの発言にアルバさん含め、場の全員が顔を赤くしていた。村長さんだけはなぜか「やるのぅ」とひげを撫でているけれど。そして村人(女性)が私の肩にぽんと手を置いてくる。私が視線を向けると、やけに優しい笑顔を浮かべてくれた。
……もう、本気でおうちに帰っていいですかね?
そう泣きそうになっていると、村長さんが斧の柄でドンッと床を叩く。
「両者の想いはわかった! ならば、決闘だ! 好きなオナゴがかち合った時の民族の伝統……今行わずにしていつ行う⁉」
その宣言に、この集会所が震えるほど湧きだった。
その中で、アルバさんはとても真剣な顔で頷き、イクスも不敵に笑っている。
あの……口を挟む雰囲気でないの百も承知なのですが……。
なぜ誰も、私の意向を聞いてはくれないのでしょうか? とても遺憾です。
そして、その後は盛大な宴を開いていただきました。肉料理が多いのかと思ったら、以外と多いお魚料理。聞いてみた所、崖下の川にはたくさんお魚がいるらしく、毎日料理する前に駆け下りて取ってくるらしい。獣肉と魚、野菜は高山でも獲れる山菜を盛りだくさんで使ったお鍋は、一口食べるだけで驚くくらいの旨味が飛び込んでくる。獣肉は癖が強いというけれど、それを高山でしか獲れない香辛料と長年熟成させた発酵調味料で調和しているらしい。ピリ辛だけどまろやかな旨味が口に広がるお鍋のスープで身体がポカポカだ。
私が村人に囲まれてそんな料理を楽しんでいると、イクスはアルバさんとお酒の飲み比べをしていた。どうやら明日の決闘に備えた前哨戦らしい。なんだそりゃ? てかイクスさん、そんなにお酒飲んで大丈夫ですか……? お酒と見せかけて、実はジュースなのかな? まぁ楽しそうだからいいけど……。
乾いた葉っぱで蒸された蒸し飯もありがたく頂戴していると、妙齢の(これまた入れ墨の入った肌の露出が多くてセクシーな)お姉さんが、私にコソコソ話しかけてくる。
「ソレで? 聖女サマはドッチの男が好ミなの?」
「え、どっちって……」
「あのイクスって男も悪くナイけどサァ……若長……アルバのコトも見テヤッテね? 生真面目スギル所もアルけど……スッゴクイイヤツだからサ?」
「はあ……」
見てやってと言われましても……。
正直、結婚とかどうこう言える立場じゃないんだけどなぁ……。
それがわかっているはずのイクスは、何やらとても楽しそうにお酒を煽り続けている。







