高山の集落✕密売人(容疑者)
「イクス⁉」
「大丈夫です!」
鈍い金属音が何度も重なる。
大丈夫と言うけれど、足場の狭さと背中のリュック、そして背中の私を守るために動けないイクスの声は決して明るくない。巨大猿――かと思ったけど、頭に動物の毛皮を被り、腰蓑を付けた浅黒い肌の人間は、紐の間をピョンピョンと飛び回りながらアクロバティックな連撃を仕掛けてきている。
ここは、私が――と言いたい所だが、眼下は崖。私の白魔法は眠らせるとか気絶させるが主になる以上、下手に攻撃するとロープから落ちて……やるか? どうする? イクスが大怪我させられてしまうくらいなら……そう覚悟を決める直前、猿男がロープをしならせ、一際大きく飛び上がった。
「コノ密売人共めっ‼」
密売人……?
その大振りな攻撃に、イクスは剣を横に構えた。ガラ空きの腹部を薙ぐつもりだろう――だけど、その前に私はイクスのリュックに体重をかけた。
「待って、投降しよう!」
「ぎょ、御意……」
体勢を崩しながらもイクスが剣を下ろせば、猿男も爪を下ろさず、目の前に着地するだけで止まる。お互い無言で見つめ合うこと数秒。私たちが黙って両手を上げれば、猿男は低い声音で言った。
「武器は全部コチラが預カル。異論は認メナイ」
「コイツラガ密売人?」
「随分と別嬪サンダナ~」
「コノ大ッキナのも女か?」
ずいぶんと訛りがひどい。紐で手を縛られた私たちは、一見するに一番大きな家に連れて来られた。集会所なのだろう。そこで多く(といっても三十人くらい)が集まって、腕や足が縛られた私たちを四方八方囲んでジロジロ見ている状況である。
「俺は男だ。貴様らの目は飾りか?」
不機嫌絶好調のイクスさんは、女と言われたからご機嫌斜め……なのではない。
おそらく……私が猿男におぶられたからだろう。なぜおぶられたか――答えは単純。ここまで来るのにロープを渡らなければならなかったから。だって、あんな紐の上を私が歩けるわけではないじゃん⁉ 「ヤダヤダ怖い!」と叫びまくってた結果、私たちを襲ってきた猿男さんが「仕方ナイ」と背負ってくれたの。あ、別におしりを触られたりもしてないよ。イクスの長剣を使って器用に運んでくれました。
まぁ、それでも……今もイクスさんは私をジト目で睨んできますけど……ごめんて。仕方ないじゃん。だってイクスが「俺が!」て言っても、手を縛られたままじゃおんぶも抱っこも出来なかったじゃん? そうじゃなくても、イクスも一人で歩くので目一杯ぽかったし。てか、私からすれば『なんでイクスもロープの上を普通に渡れるの?』って疑問なんだけど。
まぁ、そんなわけで良くも悪くも注目の的である私は、適当な人に聞いてみる。
「すみません……密売人って何のことなんでしょう?」
「流暢ダナ~」
「コレが都会人ナノカ?」
「ナァナァ、ネエチャン彼氏インの?」
あっれれ~? おかしいなぁ。もっと「シラバックレやがって!」みたいな反応が返ってくると思ったんだけどなぁ~。思ったより和やかな雰囲気に、イクスが座ったまま踵をガンッと打ち鳴らす。あ、不機嫌ワードがありましたね……。こめかみがずっとヒクヒクしてる。あ~、イクスがキレる前にどーにかしないと……。
「あの、私たち別に悪いことなんか何も……」
「アァ、ネエチャンのことは信ジテイルさ――美女に悪いヤツはいねぇからな‼」
……ソコだけトテモ流暢デスネ……。
そしてそれには「まぁ真理だな」と頷いているイクスさん。ちょっと減点です。私が不細工だったらこうして着いてきてくれないんだろうかと、ちょっぴり落ち込んでしまいます。
だけど、そんな村人に異を唱える勇者がおりました。
「ンな訳アルか! 美人なヤツほど、男を騙スのが上手イんだっ‼」
そうだ猿男イイ事言った‼ ……イイ事なのかな?
ともあれ、猿男は毛皮を脱ぎながらも、そうきっぱり言い切って。
彼は思っていたより若い青年だった。年齢は今のイクスと同じくらい、成人しているかしてないかくらいだろう。身体はしなやかに鍛えられており、顔も含めたその半裸の至る所に赤い入れ墨が入っている。腕から薄く血が出ているのは……イクスに斬られたのかな。乱れた赤黒い短髪がとても様になっていた。獰猛な鋭い目つきにも思わず目が奪われるが……そうか、この人美女に騙されたことがあるのか。どんまい。
そしてこの人、村人にも人気者のようだ。
「ダケド若長! オマエコレ好みダロ?」
「コナイダ語ってた好みドンピシャじゃナイカ!」
「こーくっはく! こーくっはくっ!」
「ヤッター! ヨウヤク若長に春が来ルゾー‼」
その時、再びドンッと床を打ち鳴らしたのはイクス――ではなかった。
「静粛にっ!」
今までだんまりを決めていたひとり座古に座っていた髭面半裸の壮年が腰を上げる。
このオジサンは普通に喋ってくれるのかな……その期待は、半分当たった。オジサンは私の顎を持ち上げて、「うむ」と頷く。
「確かにアルバの好みドンピシャだな……おい、密売人。うちに嫁に来い。そうすればこの度の不義は不問にしてやる。連れの男も見逃してやるぞ」
「その密売人とは――」
どういうことですか? そうようやく話を聞けるかと思ったのに。その良くも悪くも厳つい迫力のある村長(なんだよね? 流れ的に)の顔に、唾が飛ぶ。
「は? 俺の女が誰の嫁にだって? 虫唾が走るな」
はい、激ギレのイクスさんです。
あ、やば……と、私の顔の変な筋肉がヒクヒクする。そして案の定――村長さんも激情型だったらしい。
「こ……この男の首を切り落とせーーーー!」
その命令に、集まった村人の男たちが(村長も含めて)一斉に剣や斧を取る。そしてその刃先が手足が縛られて動けないイクスに下ろされようとする寸前で、私は叫んだ。
「わ、私は聖女ですーーーーっ‼」
その単語に、村人たちは(村長も含めて)動きをピタッと止めた。







