ダイオウウリドナマズの村✕置き土産
その翌日。
村はとある奇跡で騒然となっていた。
なんと、夜が明けたら湖の岸辺に体長三十メートルのダイオウウリドナマズが上がっていたらしい。あれ……その三分の一というお話だったのでは? あまりの巨体に、さてどう捌こうかとおじいさんおばあさんズは大騒ぎ。その時、白羽の矢に立ったのがイクスだった。
「俺に斬れないモノはないっ‼」
目にも留まらぬ達人技に拍手喝采。なぜか絶好調のイクスが私の名前を堂々と叫びながら華麗な剣技を披露しているも――まぁ、もういいかな……と呆れ返っていた時。昨晩イクスに踏まれていたおじいさんがぼそりと話す。
「誰にも言ってないんだがの……今朝、ワシ見たんじゃ」
私が顔を向けると、おじいさんのつぶらな目にまた薄っすらと涙が浮かんでいた。
「例の家族が三人で、あの巨体を釣り上げておってな。お父さんと息子が一本の釣竿を一生懸命引いていて、その横でお母さんが声援を送っていてな……あの子らは、無事に天で会えたんじゃのぅ」
「それをどうして私に?」
「おまえさんなら……信じてくれると思ったんじゃよ。だから――」
それは、ただの世間話。それで終わると思った。それがいいと思っていた。
だけど――おじいさんの瞳が赤く光る。
「汝こそ、いつまであの男に囚われてやるつもりだ?」
「え?」
「ナナリー様ぁああああああ!」
ダイオウウリドナマズの解体を終えたイクスが、私に向かって手を振っている。血まみれながらもやり切ったという清々しい笑みに、私は笑顔を返せないけれど。
おじいさんに視線を戻せば、おじいさんは「はて?」と小首を傾げていた。
その後、イクスに水を浴びさせて。ダイオウウリドナマズのご馳走を振る舞ってもらった。
濃厚かつ芳醇な卵のソースを蒸し野菜にかけたら絶品! 身の部分を焼いてみればホクホクで、バター焼きにしてもくどくなりすぎずいくらでも食べられる。皮の部分もパリパリに炙れば、非常食にもなるという。勿論村人全員でも一度に食べきれないので、あとは天日干しや塩漬けにしておくという。
「ほい、お嬢さんたちはこれを持っていき」
「え?」
そうして手渡されたのは、大量のダイオウウリドナマズの干物と塩漬け。今朝釣り上げたばかりなのにどうして……その疑問が顔に出ていたのだろう。宿のおばあさんが鼻を鳴らす。
「老人の知恵をナメるんでない! 即席で干物を作る魔法くらい会得しとるわ!」
すっごいな、おばあさん⁉ そんな便利な魔法聞いたことないから、その技術売ったら大儲けできるよ‼
……なんて思うけど、なんか公開してほしくないような、そしておばあさんもそれを望んでいないような、そんな気がして。
「ありがたく頂戴します」
私はその好意をまっすぐに受け取るだけにした。
「また来いよ~」
「孕んだらいつでも全力でサポートするからなぁ」
「我らは皆、おまえたちのジジババだぞ~」
そんな熱烈すぎる別れの言葉を背に受けながら、私たちは村を後にした。イクスの背負うリュックには荷物でパンパンだ。ダイオウウリドナマズのみならず、他にも日持ちする食材をこれぞとばかりに分けてくれたらしい。
村の門を出て――そこでようやく、私は疑問を口にする。
「ところで、なんでこんなに熱烈な別れをしてくれたんだろう?」
たしかに林の瘴気は晴れたけれど、おじいさんたちは浄化したくないって泣いていたはず。まぁ、瘴気がなくなったから。今後は若者が逃げていくこともなくなるだろうし、若者が増えればダイオウウリドナマズも獲れて、村も栄えていくのだろうけど。……おばあちゃんの知恵もあることだしね。
それでも、むしろ勝手なことしてと怒られてしまうのを覚悟していたくらいなんだけど……。私の疑問に、イクスは小さく笑った。
「何が正しいかわかってはいたけど、自分たちの手は下したくない――そんな心地だったのでしょう。歳を重ねれば重ねるほど、だんだんずる賢くなっていくものですよ」
「イクスはずる賢くなった?」
私たちも、生きている時間でいえば若者ではないし。
すると、イクスは笑みを強める。
「貴女様はどんどん愛らしくなられますね。どれだけ俺を虜にすれば気が済むのですか?」
「はっ、えっ、ちょっと私そんなこと聞いてないんだけど⁉」
「いやぁ、俺がどれだけナナリー様をお慕いしているか言葉の限り尽くしたい所存なのですが、俺の語彙力じゃナナリー様の良い所を挙げきることができず――結局一言で終わってしまうんです。全てが愛おしいっ‼」
「あー、もうっ、ごめんってば。そのへんで勘弁して!」
熱い顔を隠しても、どうせ私の反応にイクスはニヤニヤしているのだろう。
でもなぁ、そんなイクスのトリガーを引くような会話をした覚えはないんだけど……。
そんなことより、なんかイクスに相談することがあった気がするんだけど……何だっけなぁ。
何か大事なことを思い出そうとしていると、イクスがぼそりと言う。
「俺は永遠に夢から醒めたくないがな」
「……イクス?」
「いえ、何でもありません」
何でもないというなら……そういうことにしておこう。
だから、私も忘れる。
――いつまであの男に囚われてやるつもりだ?
聞きたくなかった言葉から、私は今も逃げ続ける。







