老人しかいない湖✕天才の妹
シャナリー=ガードナー。年齢十五歳。白魔法の使い手である聖女であると同時に、その若さにして黒魔法を極めた超天才美少女魔道士である。普通は白魔法の才能がある乙女は強制的に教会に所属させられるが、彼女だけは例外。あまりの黒魔法の突出した才能に国立魔法組合が一歩も譲らず、本人の強い意向もあり、組合所属となっている聖女である。
しかし――さすがに血を分けた姉が不貞を働いたので、その後をフォローせざるを得なかったらしい。
『もうっ。お姉ちゃんヒドイよぉ~。百歩譲ってイクスさんと駆け落ちするのはいいよ? でも、一言相談してくれたっていいじゃん~。あたしが応援しないはずがないんだし~』
「か、駆け落ちなんてしてないってば⁉」
今、こうして話しているのは白魔法と黒魔法をかけ合わせた合体魔法の一種の水鏡通信術。水面の魔力同士を干渉させて、こうして顔を見合わせて遠距離で会話できるという便利すぎる術なのだが――こんな離れ業ができる魔道士など、この世に数多くいるわけがない。アルザーク王国筆頭魔道士である彼女だからこそ出来る秘術なのである。ちなみに、いくら白魔法の天才と称される『元天才国家聖女』とて、この技は使えない。
そんな私に輪をかけた天才の妹は、今も水面の向こうでぷんすか怒っている。
『えぇ~だってミーチェン王太子から婚約破棄されて、なんか色々盛り上がっちゃったんでしょ? その結果ようやく結ばれたんだけど……やっぱりあれ? 清らかな身体でなくなったから聖力が落ちちゃったとか?』
「んなことしてないってばぁ‼」
もう~さっきのおじいさんたちといい、この妹といい……どうしてそんなに下世話かなぁ⁉
一応ね、その……異性との濃厚接触をすると聖力が減ってしまうという記録の数々が残っているんだけど――その実、たしかな証拠があるわけではない。実際、教会の総本山におわす大聖女様には娘さんがいるし。それでも大聖女様は現役でご活躍されているし。それでも「若い頃に比べらたら、そりゃあ衰えてきたけどねぇ」と言いながら魔族の大群をあっさり一掃している姿を見たらもう……そんな仮説はどうでもいいかなって気になるよね。
ともあれ。なんか色々勘違いしちゃっている可愛い私の妹は、私の顔を熱くするだけしておいて、『本当は色々と話したいところなんだけど』ひとり表情を引き締めた。
『いつ連絡していることがバレるかわからないから、用件だけ言うね。ミーチェン王太子が本格的にお姉ちゃんの捜索に身を乗り出したよ。王太子直々に捜索隊を指揮するみたいだから、結構な規模になると思う』
「それってやっぱり……」
『まぁ、教会にせっかく派遣している『国家聖女に逃げられた』ことがバレちゃったからね。そりゃあひとまずそっくりな代役を立てて誤魔化しているとはいえ、そう長くはもちませんよ』
「あれ? シャナリーはもしかして……」
『いえすっ! 『シャナリー=ガードナー』ではなく、『ナナリー=ガードナー』として王宮に滞在しておりますとも! 遠隔転送陣を使って、ミーチェン王太子が直々にガードナー家まで来たからね。そりゃあ、お互い断罪されないために全力で協力しますとも!』
ああああああ~。予想以上に大事になってる~!
いや、逃げる時に多少は迷惑かけるなぁ~とは思っていたけど、ここまでとは。遠隔転送陣は、これも黒魔法と白魔法の合わせ技で……シャナリーとて、事前準備を万全にして限られた場所のみ転送させることができる秘術の一種。私なんて無論使えるはずが以下省略。
そんなめちゃくちゃ大事に振り回されてる筆頭の妹は、それでも尚、私に優しい言葉をかけてくれる。
『まぁ、でもさ……あたしは最初に言った通り、どんなことがあってもお姉ちゃんとイクスさんの味方だから。お姉ちゃんが何を考えて聖女から逃げ出したのかわからないけど……もっとあたしやパパやママのこと、信用してほしいな』
「シャナリー……」
本当……こんなに恵まれてていいのかなぁ? だってシャナリー、教会や聖女の仕事嫌いだから魔道士組合に所属したんでしょ? 縛られるの嫌だってずっと言ってたじゃない。私なんて……こんな大した姉でもないのにさ……。
『一回家にも顔だしておいてよ。パパやママもめっちゃ心配してたよ』
「そうだね……」
そんな二つ下の妹に、こんな優しく諭されてしまったら。
そうだよね。ただ現実から逃げているだけじゃ、ダメだよね……。
ループ生活のことは、イクス以外の誰にも言えていない。だって、こんなこと言って誰が信じてくれる? それに下手なこと言ったら……国も、教会も、それこそ魔道士組合も、どこも私たちを実験台にするに決まっている。下手したら予言もできてしまうんだよ。利権問題等々、面倒なことになるのは目に見えてるじゃん……。
でも、家族にだけは。自分たちだけでどうしようもならなくなってきた、逃げるしかできなかった今なら――そう、勇気を出そうとした時だった。可愛すぎる妹がにやりと口角をあげる。
『ま、特にママはめちゃくちゃ怒ってたから。頑張って叱られな! 多分あの様子じゃ、お尻叩き百回じゃ済まないと思う!』
「シャ、シャナリー⁉」
つい何秒か前に『お姉ちゃんの味方だよ♡』なんて殊勝なこと言っておきながら~。この薄情者~‼
私がそれに文句を言おうとした時、シャナリーが『あっ』と後ろを振り返っている。
『ミーチェン王太子だ! それじゃあお姉ちゃん! またね!』
それは嵐のように。あっさりシャナリーは通信を切り、湖の水面は元の澄んだ水へと戻る。映るのは、苦笑した私の顔だ。
「まったく……しょーがない妹だなぁ」
まぁ、シャナリーからすれば『しょーがない姉』なんだろうけど。
だけど、思ったより状況は深刻そうだ。





