最後のデート✕少女の祈り②
「普通に魔法使いましたね」
「白魔法って、どうして自分の名前言わなきゃならないんだろうね」
「たしか神からお力添いいただく以上、真名を名乗らないことは不敬とされているから……とかって理由ではありませんでしたっけ?」
「それはそうなんだけどさ……どうしよ、この状況」
ちょっと現実逃避にイクスとお話してみるも、八方塞がりは変わらない。
はい、聖女の総本山なる教会の皆様の前で、めっちゃ自分の名前を言う白魔法を使いました。もちろん、『天才国家聖女ナナリー=ガードナー』の名前はこの業界、しかも所属アルザーク国では有名でございますね。式典の時などは顔を面付で隠していたから、ワンチャン面バレはしてないことを祈るが……。
「あ、あなたさまは、まさか……つまり、あの腑抜けた手配書は……」
はーい、バレてますね! 指名手配されている『偽聖女』の顛末も察せられてしまったようですね! ミーチェン王太子殿下どんまーい。国家聖女に逃げられたことバレちゃいましたね、ははは!
「……ともかく、一度我が支部にお越しいただけますよね?」
神父さんは腰を低く頭を下げてきてくれるけど……その言葉尻には、強制という意図を隠していない。錫杖はイクスが切ったとて、控える聖女は四人だ。錫杖があった方が気は高まるけど、なくても私のように白魔法が使える者たちなのだろう。私たちが抵抗しても、どうにか鎮圧できるだろうという魂胆なんだろうね。
後悔は先に立たず――なんて言葉が東の方であるらしいけど、後悔はしていない。
だって……あの子も故郷へと還れたら。もしかしたらお母さんと逢えるかもしれないでしょ? 少なくともあと百年はこちらの世界に来れないから、二度と好きな相手とは会えないと思うけど。向こうの世界で、少しでも彼女が幸せでいられるますように……祈ることの何が悪いの?
「――というわけで、開き直って逃げるに一票」
「何がどういうわけなのか存じませんが……貴女様の願いを全て叶えることが俺の使命ですので。しかと拝命いたしましょう」
わ~い、今日もイクスさんは過剰忠誠だなぁ♡
と、安定の有り難いお言葉をいただいたので、容赦なくこの場を荒らして逃げよう……と適当な印を切ろうとした時だった。
「お待ちなさいっ!」
それは、誰よりも威勢と気品の溢れた声だった。涙を拭った御令嬢ミィリーネさんが立ち上がり、私たちの前で両手を広げる。
「このわたくしミィリーネ=シャントットの前でこの方々に暴行をするなど、断じて許しませんわ! 彼女らはわたくしの恩人です。害するのなら、シャントット家を敵に回すと思いなさいっ‼」
ミィリーネさああああああああん⁉
いやいやいや、あなたが出てきてどーするの? ここシャントット領でもないし。そもそもあなた傍観者だったじゃん? そのままで全然いいんだってば! さすがに他領、しかも伯爵令嬢の戯言に、神父も鼻で笑うだけ。
「それならばお嬢様……具体的に我らをどうするおつもりですか?」
「そ、それは……わたくし、ウロード様との結婚を取りやめます!」
そんなミィリーネさんの強がりに、神父もあごひげを撫でながら軽やかに笑っていて。だけど、その隣にウロード領次期公爵が立った時、神父の顔つきが変わった。
「正直……まだ頭がぼんやりしているのだが……まぁ、愛すべき未来の妻が“結婚式”をしたくないと言うのなら、それに僕も同意しよう。別に婚姻を結ぶだけなら、国王陛下から調印を貰えばいいだけだからな。別に式典など行わなくても、僕らは夫婦になれるわけだ」
「エンドール様……」
ウロードさんの言葉に、どんどん神父の顔が青白くなる。その様子と意図に、エンドールさんはさらに笑みを深めた。
「さて、神父よ。ひとつ質問なんだが……教会支部の資金源って、たしか寄付金で賄われていたよな? 当然、ウロード地区支部の教会は、ウロード領領主である我が家から多く援助していたと記憶している。その嫡男である僕が“教会で神に愛を誓わない”――その意図、重々承知してくれるな?」
……まぁ、つまりは。おまえの教会に金払わねーぞ、てことだね。それを公爵が認めるかはさておいても……この脅しに、教会側も楯突くメリットも少ないわけで。いくら神様を讃えたところで、残念ながらお金は降って来ないのだ。お金がなければ食べていけない、贅沢なんて以ての外。がんばれ教会。……私も念の為、ウロード家を敵に回さないように覚えておこ。
そうして神父があわあわし始めたところで、ミィリーネさんが「さすがエンドール様、素敵ですわ♡」と目に♡を浮かべつつ、エンドールさんがこちらを向いて苦笑した。私も肩を竦めてから頭を軽く下げ、踵を返す。こうして時間をくれたのだから――あとはさっさと逃げなきゃね。
そうして、イクスと二人駆け出した時だった。
「わたくしはこの御恩を生涯忘れませんわ! あなたがたはわたくしの友人よ! いつか困った時には、わたくしが必ず助けるから、絶対に覚えておきなさいっ‼」
いや、もう充分なんだけど……。
背後から聞こえる力強いお嬢様の言葉に、私は思わず再び苦笑して。
友人……か。そういえば、私に友達って初めてでは? 妹とは仲が良いけど、妹は妹だし。友達といっても令嬢仲間と友好を深める頃には聖女の訓練に励み、聖女間は……あの殺伐とした空気は思い出したくないなぁ……。東の言葉で、“出る杭は打たれる”だっけ? そういうことです。
ふとそんなことを考えていると、
「良かったですね」
走りながらイクスがそう優しく声をかけてきたから。私は目元が緩みそうになるのを堪えながら「うん」と頷いた。







