最後のデート✕少女の祈り①
「アン! 見違えたよ、とても可愛くなったね!」
今日も噴水の広場で待っていた(現在も授業があるだろう時間である)エンドールさんは、アンさんを見るやいなや、素直に喜んでいた。それにアンさんも何も言わず、ただただ嬉しそうに微笑んで。
その様子を、今日も私たちは覗いている。昨日と違う点は、ミィリーネさんが特に嘆くわけでなく、奥歯を噛み締めている点だろう。
そんなミィリーネさんに、イクスは問う。
「本当にこれで良かったのか? これで最後と言ったとて、貴様にとって面白くはないだろう? それとも、哀れな魔族を見て愉悦に浸っているのか?」
「……あなた、よく性格悪いと言われませんか?」
「さあ? 興味ないな。妻さえ俺を愛してくれれば、他者からの評価などどうでもいい」
あの……その“妻”って、やっぱり私のことなんでしょうか?
自惚れない自惚れない……これは設定……と火照る頬を押さえていると、ミィリーネさんは淡々と述べた。
「自分でもよくわかりませんわ。ただ……あのまま少女を見捨てたら、それこそエンドール様に二度と顔向けできなくなるような……そんな気がしたんですの」
そうした間に、アンさんとエンドールさんは和やかなデートを進めていく。
といっても、それは昨日とほとんど変わりなかった。アイスを食べて、街を散策して、お喋りして。お喋りもエンドールさんが一方的に世間話をしているだけで、アンさんはそれに頷いているだけ。……そうだよね、『魅了』にかけられた人は必然と思考能力が落ちるから、そんな気が利いたデートなんて出来ないよね。きっとこのデートは、アンさんが知る唯一のデートなのだろう。
毎日、毎日同じような夢を繰り返して……彼女はそれを、今日でやめるという。幸せな毎日に終止符を打つと、彼女は決めた。そんな彼女は、昨日よりもよほど楽しそうに見えて。
それは、そんな言葉に出来ない想いに胸が押しつぶされそうになっていた時だった。
シャンッ、シャンッ――と、独特の金属が擦れる音が人気の少ない公園に響く。これは、錫杖を打ち鳴らす音。その音の重なりはどんどん大きくなって。公園を囲むように、青白い檻が形成されていく。
その音が大きくなればなるほど、アンさんの表情が歪み始めた。当然エンドールさんは彼女を心配するけど、アンさんは「大丈夫……」と強がるだけ。
「どうします?」
「様子を見る」
イクスと短い打ち合わせをし、私とイクスが身構える頃には包囲が完成した。アンさんはもうベンチからずり落ちていて、呼吸もままならない様子だ。私たちの隣にいるミィリーネさんは「どうしたんですの⁉」と今すぐアンさんたちに駆け寄ろうとするも、イクスに襟首を掴まれていた。
錫杖を掲げた五人の聖女たちが印を切り始める。その中で、白い正装を纏った老人神父が声をあげる。
「邪悪なる異界の使徒よ! 我らは敬虔なる教徒からの真摯なる嘆きの声でこの場に赴いた。彼らの御子を洗脳するとは万死に値する!」
……なるほど。つまり、様子のおかしい息子に気付いていたエンドール公爵がすでに教会に助けを求めていたわけか。まぁ、博識が売りの公爵様なら、息子が魔族の手にかかったのだと推察するのも容易いだろうね。だから、このままこの地区の教会の人らに任せておけば、全て解決するのかもしれないけど。
今もアンさんを苦しめる結界の種類。そして聖女たちの印を鑑みるに、やりすぎだ。こんなの大型の魔族を討伐する時に使う魔法じゃん。ただでさえ弱っているアンさんに使ったら、精神世界の本体まで滅ぼしてしまうかも。……何だろうね。ここは派手に討伐しておいて、公爵家に恩を売っておきたいってところ?
――はっ、くだらない。
「神の裁きにより、今こそ虚無へと帰らんことをっ‼」
その神父の合図と共に、聖女たちは錫杖を打ち鳴らそうとして――、
「イクスっ‼」
私が彼の名を叫ぶと、ミィリーネさんを押し飛ばしたイクスは駆けた。そして目に止まらぬ速度で腰の剣を引き抜いたかと思いきや、聖女らの錫杖をそれぞれ一線。彼が聖女を無力化しているのと同時に、私も迷うことなく印を切る。
「ナナリー=ガードナーを阻む者に、穿つ槍を!」
紡がれた黄金の文様から、現れるのは一本の煌めく槍。それが天に伸びれば、パリンッとガラスの割れたような音と共に、息苦しそうにしていたアンさんがほっと大きく息を吐いて。困惑を続けるエンドールさんに支えられながら、彼女はゆっくりと立ち上がる。
そして、私と目が合った。彼女は何も言わないけれど――その祈るような赤い瞳に、私は頷いて。私は再び、印を切る。
「ナナリー=ガードナーを害する……友に、安らかなる裁きを!」
私の手のひらから、黄金の光線が伸びる。その光はアンさんの腹部をまっすぐに貫いた。チラチラと、火の粉のように彼女の存在はどんどん粒子へと変化していく。その中で、彼女は微笑んだ。
「あり、が……とう……」
最後に聴こえたのは、感謝の言葉。好きな男の腕の中から、彼女は消える。
「おつかれさま……」
彼女に返す言葉が、それで合っているかわからないけれど。それでもきっと、彼女はずっと痛かったはずだから。赤い火の粉もまた、虚空へと消えていった。最後の一粒が消えた瞬間、彼女を抱いていたはずの男は何度も大きなまばたきを繰り返す。
「僕……は?」
「エンドール様あああああああ!」
呆気にとられていたはずのミィリーネさんは、盛大に泣いていた。わんわんと泣きじゃくる彼女がエンドールさんに縋り付くと、彼は目を丸くする。
「ミィリーネ⁉ どうして君が泣いているんだ? 誰かにいじめられたのか⁉」
「エンドール様、エンドール様エンドール様エンドールさまあああああああ!」
心配する優しい婚約者をよそに、彼女はただただ彼の名前を繰り返していて。
私が「ふぅ」と腰に手を当てると、帰ってきたイクスが「ナナリー様」と低く私の名を呼んだ。
……そうだよね。これで一件落着とはならないよね。
「ななな、汝らは……まさか……」
さーて、どうしようかなぁ?
ウロード地区支部の教会の方々の視線が、私に一点集まっていた。





