最後のデート✕令嬢の嘆き
そして、翌朝。
ひとりすっきりと目覚めたミィリーネさん(羨ましい。私は一睡もできなかった)に、私は事情を説明した。……説明する必要はないのかもしれないけどさ。でも依頼主は彼女なわけだし。一応ね。
「悲恋……これぞまさしく悲恋ですわあああああああ!」
すると寝癖たっぷりの髪を整えるよりも前にハンカチを噛み始めるミィリーネさん。そんな彼女に、イクスは半眼を向ける。
「貴様からすればあれは敵だろう? 同情しても無駄なだけじゃないのか?」
「それはそれ! これはこれですわあああああああ!」
……うん。ため息を吐くイクスの気持ちもわからないでもないけどね。魔族ってだけで嫌悪感を抱いてもおかしくない話だし。それでもあの子に同情してハンカチをびしょびしょにしているミィリーネさんは……簡単に言っちゃえば“いいひと”なんだろうな。
まぁ、あんまりに泣いているから、こっちは話を進められなくて困っちゃうんだけどね。だから、ちょっとだけイクスと世間話だ。
「ねぇ、イクス……そういえば、これは依頼なのかな?」
「頼まれてもなければ何でもありませんね。そもそも貴女様が勝手に首を突っ込んでいるだけです。挙げ句に彼女の食費や宿代も俺らが立て替えております」
「……もしかして、怒ってる?」
「いいえ。俺が貴女様に対して怒るなんて、とてもとても」
にっこり微笑むイクスがキラキラして見えるのは、朝日が後光になっているからだけではないと思う。怖いよぉ。美青年の満面の笑みがめっちゃ怖いよぉ……!
声に出すことすらできず恐怖に慄いていると、鼻をぐずぐずしているミィリーネさんが言う。
「あら、依頼料ならあとできちんと払いますわよ。あとで家に取りにいらっしゃい」
ミィリーネさんの家って……当たり前だけどシャントット伯爵領だよなぁ。ここから馬車で三日くらいだけど――一応、私たちにも目指す方向はあるわけで。残念ながらそれとは反対の方向である。
お財布を握っているのはイクスだから――彼の意向を窺い見ようとした時だ。空間が歪み、そこから痩せこけた赤毛の少女アンが現れる。
「あの……今からです。どうぞよろしくおねがいします」
殊勝に頭を下げる彼女に、始めは「ひぃ」と小さく悲鳴をあげてイクスの後ろに隠れたミィリーネさんだったが――彼女は恐る恐る身を乗り出して、アンさんの腕を掴んだ。
「話は聞いたわ――でもまさか、あなたそんな格好でエンドール様とデートするおつもり?」
「……はい?」
……なぜ、私たちは服飾店にいるのだろう。
幸か不幸か、学生街ゆえに年頃の少女たちの服飾店が多くあるウロードの街。その中で流行りだというお店に我が物顔で入っていたミィリーネさんは、すぐさま「全てシャントット家のツケでお願いするわ!」とアンさんのためのお買い物を始めた。
うーん……本当、どうしてこうなったんだろう……。
必然的に私たちもお買い物に付き合うことになったんだけど……どうも落ち着かないな。どの洋服も淡い色調が私には眩しい。たまにシックな黒や紺の服も並んでいるから、余計に目がチカチカする。これが本当の御令嬢の洋服か……と一着を手に持ってみた。うわ、ひらひら。聖女という生業ゆえ、聖女の正装しか着る機会がなかったからね。こういった紫のレースに黒と金のアクセントのついた薄い服とか……いつ着るんだろう? 透けちゃうよね……なんて見ていると、
「それが欲しいのですか?」
後ろから、イクスが私の耳元に聞いてくる。ぞわっとして振り返れば、イクスはとても真面目な顔でその薄い服を手に取る。
「ふむ。俺としてはもっと淡い方が貴女様に似合うと思いますが……これはこれでアリですね。新しい貴女様を拝見できるというのは実に唆られます。買いましょう」
「……でもイクス。お金に余裕ないんじゃないの?」
だって、私に隠れて賭博腕相撲をしていたくらいだもん。路銀に余裕はないと思うのだが……イクスは恍惚とばかりに口角をあげた。
「そんな心配、貴女様はしないで良いのです。これを着た貴女様を拝見できるなら……俺はそれだけで飯が美味い! 三日三晩飲まず食わずでも何も問題ありませんっ‼」
「いや、それはダメだからね⁉」
もう~、貧乏じゃん! うちらめっちゃ貧乏じゃん!
贅沢やめやめとイクスから服を取り返そうとするも、イクスは高く掲げちゃって届かない。
そんなやり取りをしていると、買い物を終えたミィリーネさんがジト目で睨んでくる。
「いくら新婚だからって、日が出ている間からベビードールではしゃがないでいただけます? 少々端ないですわよ」
「ベビー……ドール……?」
それってなんですか? とミィリーネさんのこの薄い服の使用意図を聞く。ニヤニヤしているイクスの隣で、私は声にもならない悲鳴をあげたりしていれば――試着室からアンさんがおずおずと出てきた。
「あの……どう、ですか……?」
貧相な身体を隠しすぎないワンピースには、赤を基調とした刺繍がふんだんに施されていた。血色の悪さを隠すようにお化粧もされているようで、桃色の唇が可愛らしい。髪型も綺麗に整えられ、毛先も少し巻かれているみたい。令嬢……とまではいかないけど、充分に街の可愛い女の子になったアンさんも嬉しいのだろう。恥ずかしそうにはにかんでいて。
これから、彼女の最後のデートが始まる。





