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【コミック2巻発売中】おつかれ聖女は護衛騎士と逃亡生活を満喫する ~今度は聖女をやめてみます!~  作者: ゆいレギナ
学生街の悪役令嬢編

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最後の夜✕少女の願い

 そして夜。私は宿の屋根の上に座っていた。すぐ後ろには、すでに剣に手を掛けたイクスが待機していて。余談だけど、ミィリーネさんは宿の部屋ですやすや眠っている(羨ましいなぁ、と思ったのはここだけの話)。

 私はわかる人にしかわからない程度に、立てた指先からキラキラと街に聖力(マナ)を降らせていた。まぁ、普通のひとには「なんか今晩は気持ちいい夜だな~」と思う程度だろう。そう――普通のひとにとっては。だけど魔族にとっては、チクチクとした針が降ってきているようなもの。


「わたしを……討伐しに来たんですか?」


 そうして待っていると、ゆるりと世界の一部が揺れた。そして現れるのは、昼間次期公爵と幸せそうにデートしていた痩せた女の子だ。彼女は憎々しげに……ううん、怯えた様子で私を見据えている。

 私は指をしまった。


「それはあなた次第――かな。ねぇ、どうして次期公爵に執着しているの? この街を乗っ取りたいとか?」

「そんなんじゃないっ!」


 突如彼女が叫んだことによってイクスが前に出ようとするが、私は手だけで下がらせる。「じゃあどうして?」と短く問えば、彼女は人と変わらない仕草で唇を引き絞っていた。


「わたしは……本当に、本当にあの方が好きなんです!」

「……食料目的ではなく?」


 淫魔にとって、人間は食料であるという報告を聞いたことがある。それこそ淫魔だけではないのだが――魔族自体が魔力(エーテル)を糧とし、存在している。そのため少しでも多くの魔力(エーテル)を持つ次の存在が人間となり、必然的に効率良くこちらの世界で魔力(エーテル)を摂取するためには、人間を捕食するのが手っ取り早いらしい。その上で特に淫魔は人間の特別な体液から…………あぁ~~こっからは察して。


 なので端的に問えば、彼女はぶんぶんと首を横に振った。赤い髪がふぁさふぁさ揺れる。


「違います! 体液……血液は昔に貰ったことありますが……それ以外は断じて! 断じて彼から魔力(エーテル)を摂取しようとしたことはありません! 本当です! 本当なんです‼」

「その昔に血液を貰ったっていうのは?」

「……わたしの話、聞いてくれますか?」


 そうして彼女が「わたしの名前はアンと言います」と語り始めたのは、短い話。

 彼女はこちらの物質(マテリアル)世界で生まれた魔族だったという。それはとても希少は存在だ。通常、魔族が繁殖するときは当然従来の自分らの住処である精神(アストラル)世界で行われる。それをこちらで行うということは――人間と繁殖したか、精神(アストラル)世界であぶれたはぐれ者か。彼女の母親は後者だったとか。そうした出産には当然無理があり、母親はすぐに亡くなってしまったという。


「ひとり残されたわたしは……生きる術を知りませんでした。なのでこのままわたしも消えるだろうと思った時……ウロードさんに出会ったんです」


 そしてウロードさんはアンを助けようと大人を呼ぼうとしたんだけど――アンはさすれば自分が討伐されてしまうと本能的に察したという。


「自分は魔族だと伝えたら……彼が血を飲むようにと、石で指先を傷つけてわたしに舐めさせてくれたんです……美味しかった……彼の優しさが……本当に美味しかった……」


 そう語るアンは、目からポロポロと涙を零す。赤い涙。魔族は涙を流さないというけれど……きっとどのみち、彼女の命は潰えようとしているのだろう。感情の起伏に衰弱した身体がついていかず、魔力(エーテル)が漏れてしまっているのだ。


 下手な魔族の知識なんてなければよかった。そうしたら……私は今、こんな切ない想いをしないで済んだのに。


「だからわたしは、ずっとあの人を見守るだけでいようと思ったんです。一回魔力(エーテル)を分けてもらったとて、わたしはこの世界で長生きできません。だから、せめて最後の時まで、彼を見ているだけでいようと思っていたのに……」


 もうすぐ自分の命が尽きる――そう察した最近、彼の周りに大きな変化が起きようしていたという。そう、ミィリーネさんとの本格的な婚約。そして卒業後の正式な婚姻だ。


「我慢しようとしたんです! わたしは、どうせ魔族だから……だけど、だけど、どうして欲が出てしまって……気付いたら、彼に魅了(チャーム)をかけていて……」


 アンは屋根の上に膝を付く。そして私が何か言うよりも先に、額を屋根につけた。


「お願いします! あと一日だけ……見逃してくれませんか⁉ ちゃんと……ちゃんと自分の口からお別れを言いたいんです‼」


 そうしたら、きちんと自分は消えるから。と。お願いします、お願いしますと、何度も何度も屋根に額をぶつけて。気がつけば、いつの間にか空から本物の雨が降ってきた。私の肩に、イクスが自分のマントをかぶせてくる。


「ナナリー様、部屋へ戻りましょう。貴女様がお風邪を引かれてしまっては元も子もありません」

「でも……」


 イクスは私の手を引こうとするも――後ろ髪が引かれないはずはない。だって今も、病的に痩せた女の子が「お願いします」と頭を下げ続けているのだから。


 そんな彼女に、イクスは言い放つ。


「あと一回だけだ。明日の逢い引きが終わり次第、貴様はナナリー様が討つ。それでいいな?」

「あ……ありがとうございます! ありがとうございます‼」


 ぱあっと顔を華やかせた彼女は、再び何度も頭を下げてきて。イクスはそれを無視して「では行きましょう」と再び私の手を引っ張ってくる。私はイクスに誘導されるがまま屋根から飛び降りて――イクスに抱きとめてもらってから、彼に訊いた。


「イクスが珍しいね。魔族に同情するなんて」

「判断を間違いましたか?」

「いや。あれで構わないよ」


 イクスは私をそっと地面に下ろしてから、濡れた髪を掻き上げ苦笑する。


「……ただの気まぐれですよ。なんせ今は『いちゃいちゃ新婚中』ですからね」


 気分も浮かれます――そう言ったイクスは、どこかいつもより淋しげに見えた。

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― 新着の感想 ―
[一言] おお〜!純愛! 寧ろ邪魔なのはミィリーネ?(笑)
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