【コミック1巻発売記念】イクスの休日
コミック1巻発売記念です!
「今日、イクスには休暇を与えます!」
「お気持ちだけで結構です」
朝ごはんを食堂でいただいて、部屋に戻ったお天気のよいある日。
聖女のお役目から逃亡生活中、わたしはベッドに腰かけてイクスに提案した。
イクスは国家聖女であるわたしの専属騎士であり、幼馴染のお兄ちゃん。
こんな逃亡生活を始めてからも、食事から、野営から、魔物に襲われたときも、あらゆる世話をしてくれるイクスには大変感謝している。もう、わたしの生活にイクスなしでは考えられないくらい。
そんなイクスが、最近やたら疲れているように見えるのだ。
だからこその提案を、イクスは即座に拒否してしまった。
「どうして? この村はとても平和だから、わたしからちょっと目を離しても問題ないと思うよ?」
「問題大ありです。俺がいない間に、宿でお寛ぎ中のナナリー様に宿屋の店主が欲情して襲い掛かってきたらどうするのですか?」
宿の個室で話しているからギリギリセーフなものの、大変失礼で遺憾である。
この宿屋は家族でこじんまりと運営しており、昨夜の夕飯時には、お店の手伝いをしている思春期な息子さんが少し気まずそうにしていたくらいのラブラブご夫婦だった。
だけど、イクスの目はとても真剣だ。
だったら、わたしも同じように真剣に論じなければ、あっさりと覆されてしまうだろう。
「わたしはこれでも国家聖女です。たとえ男の人が一人や二人襲ってきても、眠らせるなどしてあっさり撃退できます」
「あなたはまったくわかっておりません。俺が目を離した俺の見ていないあなたが、他の男の視界に入るだけで、俺はその男を殺したくなるというのに」
ちょっとこの騎士は何を言っているのかな?
わたしはただ、ここのところずっと歩きどおしだったし、一日お休みしようぜ、と言っているだけだけど? わたしもちょっとお部屋でぐーたらして、気が向いたら長閑な村を散歩して羽根を伸ばそうかなってだけですが? イクスもずっとわたしのそばで気を張っているのも疲れると思うし。
緊張しっぱなしの逃亡生活だからこそ、たまの気晴らしって、すごく大事だと思うんだよね。
「でもほら、この辺は自然も長閑だよ? 川でお魚も釣れるんだって。イクス、魚釣りとか好きでしょう?」
「新鮮な川魚を食べたいということなら、一緒に釣りにいきますか?」
「わたしと一緒だと、気が休まらないでしょう……」
わたしがため息混じりにうんざりしてみせると、イクスの目が「はあ?」と鋭くなる。
「あなたから半径三メートル以上離れるほうが疲れますが? あなたがトイレに行くだけで、俺がどんなに心配か……」
あれ、待って? わたしは一歳児だったっけ?
オムツ外れたばかりの赤ちゃんなのかな?
とにかく、わたしとイクスが別行動するのは論外らしい。
だったら、妥協すべきは主であるわたしであるべきだ、たぶん。
「じゃあ、今日はイクスがやりたいことをしよう」
「それは、あなたが俺の趣味にお付き合いしてくれると?」
「そーいうことです。もうそれでいいです。とことん付き合いましょう!」
本当は、わたしも一人の時間を満喫したかったけどね。
でも、この旅をはじめてから、イクスがすっごくがんばってくれているのは知っているもの。
そのイクスがわたしの返答に嬉しそうに目を輝かせてくれるなら……まあ、それでいいかって思うよね。
「なら――」
目の前が暗くなったと思ったのは、イクスの厚い胸板がわたしの目の前に迫ったから。
そのままどういうわけか、わたしは一瞬でイクスと添い寝させられていた。
そして後ろから、イクスのたくましい腕に抱きしめられる。
「今日は、一日俺の抱き枕になってください」
「イクスさん?」
しかもわたしを抱き込んだイクスが、わたしのつむじに鼻を押し付けてきた。
「あぁ、ナナリーの匂いがする……癒される……一生嗅いでいたい……」
「イクスさん!?」
ちょっとフェチがすぎるのではとドギマギするけれど。
このままイクスがのんびりお昼寝をしてくれれば、それでもいいかな、と思ったりしたわけで……。
結果、わたしがハッと気づいたときには夕焼けが沈もうとしていた。
わたしはイクスの寝息を聞いていない。つまり、わたしのほうが先に寝落ちしてしまったというわけだ。
……だって、イクスの腕の中が暖かかったんだもん。
仕方ない……よね?
「おはようございます、ナナリー。おかげさまで、ものすごく充実した休日が過ごせましたよ。ありがとうございました」
わたしが目覚めたときにクルッと寝返りを打てば、すぐそばに横になったままのイクスのキラキラした顔が目の前にあって。
とっても元気そうだ。肌の艶感もあがった気がする。
きっと、イクスもゆっくり休めたんだよね?
わたしも寝ちゃったけど、イクスもゆっくり休めたのかな?
だったら、それでいいか。
わたしは「よかった」と目を細めたのだった。
〈コミック1巻発売記念SS「イクスの休日」 おしまい〉