【コミカライズ配信記念】ぼくのママの騎士さまは
ぼくは聖鳥カラドリウスのヒナである。名前はピースケ。
ママの騎士であるイクスが名付けてくれたんだ。
イクスのおばあちゃんがサムライって人たちがたくさんいる国の出身らしくて、その国の人たちに『〇〇スケ』って名前が多いんだって。それで、ぼくが「ピーピー」鳴くから、あわせてピースケ。わかりやすくて、ぼくはけっこう気に入っている。
「貴様、俺のこと嫌いなのか?」
「いくすー」
「なら、どうしてナナリーのことは『ママ』と呼ぶくせに、俺のことを『パパ』と呼ばん!」
よくよくイクスがぼくを睨んでくるけど、ぼくはイクスのことがだいすきだよ。
だってイクス、ママがいないときはいつもぼくに色んなお話をしてくれるじゃないか。
それこそ、おばあさんの故郷がどうこうとか、おばあちゃんが如何に歴戦の戦士だったか、とか。おばあちゃんが大好きなんだよね。ママにバレるとカッコ悪いから、隠しているらしいけど。餌もいつも自分の分からぼくに分けてくれるし。ママの食い扶持を減らすわけにはいかないっとか言っているけどさ。単純にイクスが優しいだけって、ぼく知ってるよ。
まあ、ぼくが一番すきなのは、ママだけどさ。
「ほらイクス、どうしていつもそんなにピースケくんをいじめるの?」
「いじめてなどおりません。分を弁えろと指導をしているだけです」
今日も道中、楽しく旅をしていたときだった。
草むらの隅で、ミーミー鳴く声にママたちが足を止める。
ママは躊躇うことなく、隠れていた獣を抱き上げた。
「あ、猫ちゃんだ。迷子なのかな?」
「首輪がついてますね。近くの町から逃げてきてしまったのでしょうか?」
茶色と黒の縞模様がついた、たしかに猫っぽい生物である。
だけど、ぼくはひと目でわかった。
それはただの猫じゃない――魔族だ。
しかも人間に好意的な魔族ではなく、人間を餌にするタイプの魔族。魔力をもった人間を食べて生き繋いでいるのだろう。だからこそ、人間が一番油断する姿……猫の姿に擬態しているようだ。わざと首輪まで擬態しているところが悪質だ。
それなのに、ママは即座に提案してしまう。
「それなら、私たちが飼い主を探してあげようよ!」
ピィーピィーピィー!
ママ、それは危ないよ! ママたちが寝たときにバクッて食べられちゃうよ!
だけど、ぼくの声はママには通じない。
「俺らの旅にそんな余裕があるとも思えないが……ま、止めても無駄なのでしょうね」
「よくおわかりで」
苦笑するイクスに、ママはにこりと微笑む。
うん、誰にでも優しいママとイクスは、ぼくも大好きだ。
だけど優しさが原因で傷ついてしまうなんて、ぼくは悲しいよ。
だったら、ぼくが助けてあげるしかない!
ママたちの目を盗んで、ぼくがあの魔物を退治してやるんだ!
次の町まで近いといっても、まる一日歩く程度の距離がある。
なので、その日はいつもの野宿をすることに。
猫のような魔物も、今のところ大人しいい。やっぱり、ママたちが寝静まった頃を狙っているのだろう。
ママは立派な聖女だ。少しでも警戒してくれればすぐに魔族と気づくはずなのに、猫の愛らしい挙動に騙されて、ずっとにやけ顔。
「あ~、猫ちゃんかわいい~。ねえ、イクス。このまま旅の連れを増やすのはどう?」
「ご冗談を。俺はあなたの世話だけで手いっぱいですよ」
「私がちゃんとお世話するってば~……まあ、でも、勝手に連れていったら飼い主さんが悲しむよなぁ……」
こういうときのイクスだろうに、イクスも何も警戒せずに夕食の準備をしている。
やっぱり、ママを守れるのはぼくしかいない!
夜が完全に更ける前に、イクスは水汲みに近くの川へ。
そのあいだ、ママが火の番をしているはずなのに、おいしいご飯でお腹いっぱいになったせいか、うたた寝を始めてしまった。……ちがうね。これも魔物の魔法だ。
このあいだに魔物はママを食べるつもりなのだろう。
魔物が油断している隙に、一撃で仕留めなくちゃ……。ぼくのくちばしなら、物理攻撃が効かない魔物にも効果があるはず。
ぼくは上昇して、くちばしで直接攻撃をしようとしたときだった。魔物と視線が合う。魔物の口の中に、とても猫とは思えない獰猛な牙が見えた。
しまった……このままじゃ、ぼくが食べられて……。
だけど、次の瞬間。ぼくの身体が誰かに掴まれる。
そして猫もどきの口を鈍く輝く剣が貫いた。
「自ら食べられにいく餌があるか」
「いくすー!」
イクスの手が、ぼくを解放してくれる。
そのときには、猫もどきも砂となって虚空に散っていた。
よかったー、イクスがぼくとママを助けてくれたー!
「まったく……俺が魔族に気が付いていないと思ったのか? 侮るんじゃない。騙されてしまったナナリーの心を傷つけないために、寝たときにこっそり始末しようと思っていたのに……ついでにおまえも食ってやろうか。そうすりゃ余計な心配も減る……」
ブツブツ言いながらも、やっぱりぼくのことも心配してくれるなんて、イクスは優しい!
だから、ぼくはイクスがどうして普通の剣で魔族を退治できたのかなんて、あまり気にしていなかったんだ。
ママとぼくにとって優しいなら、イクスが何者であっても関係ないからね!
「おはよー……あれ、昨日の猫ちゃんは?」
「俺が戻ったときにはすでに姿はありませんでした。ま、猫は気まぐれといいますしね」
おひさまが昇ると同時に、ママが目を覚ます。
ぐっすり眠って、顔色は悪くないようだ。だけど、かわいがっていた子がいなくなったことを知るや否や、少しだけしょんぼりする。
「そっかあ……大きな動物に食べられないといいんだけどなー」
「大丈夫だと思いますよ。この世にあなたほど間抜けな獲物もいないでしょうし」
「どういうこと?」
ママが首を傾げると、イクスが近くを飛んでいたぼくを一瞥する。
そしてママの耳元で何かをつぶやくと、途端、ママの顔がポッと赤くなった。
わーわー、イクス何を言ったのー!?
気になる気になるー!
ぼくの言葉はイクスに伝わらないけれど、ぼくがイクスのまわりを旋回していると「おまえには百年早い」と笑われてしまった。
ぶー、やっぱりイクスはいじわるだからきらいー!!
【ぼくのママの騎士さまは 完】