エピローグ 私はあなたとキスをする
結局。
アルザーク王国側の聖女が魔族を一掃したことにより、とりあえず両国間で話し合いの場が持たれることになった。
聞いたところによると、病み上がりの国王陛下も会議の場に赴いて、「お騒がせした」とミーチェン王太子とともに頭を下げたらしい。当然、魔族と手を組み、状況の隠滅を図っていた侯爵などは厳重処分。エラドンナ侯爵家は辺境伯と改め、ザァツベルグ帝国との国境をルーフェン元殿下直々に治めることになったらしい。復興作業の一環として、ウリドの村に行って食材保存法の勉強をするんだって。そしてザァツベルグ名産のリンゴジュースをアルザーク王国に広めたいらしい。とてもたくましい元王子様である。
アルザーク王国自体は、この会議をきっかけに為政に復帰した国王陛下が、また地盤固めから動いているとのこと。ミーチェン王太子がこっぴどく扱かれているらしい。ちなみに、有能な部下の方々には骨休みに長期間の休暇が言い渡されたって。伝達役のセタローさんが、漬物づくりを教えに来てくれた時に話してくれた。みなさん過労死せずに済んで何よりである。ミーチェン王太子を除いて。
妹のシャナリーは事態がひと段落するやいなや、
「疲れたから旅に出てくる!」
と、世界を自由に放浪しているらしい。この半年、お城に閉じ込められたのがやっぱりストレスだったみたい。旅先からちょくちょく通信が届いてくる。おつかれのミーチェン王太子に、滋養強壮に効きそうなものを定期的に送っているんだってさ。
そしてあとは……教会か。女神信仰のはずの教会が魔族に騙されていたとなって、王国内の教会評判はだだ下がり。少なくとも、ウロード地方のあの協会支部は閉鎖されることになったとのこと。当然、あの司教などは追放されたって。
事情説明がてら大聖女さまに魔王から聞いた女神の顛末を語ったら、大聖女様は大爆笑していた。
「もう信仰もへったくれもないわねっ!」
……それでいいのか、大聖女。
だけど、たとえ色々やらかす支部があったとしても、教会が孤児の保護などに尽力していたのは紛れもない事実。そして魔族に対抗する白魔法の使い手を育てる機関としては優秀だと……私が証明してしまったので。当面は事業を縮小しながら信用の回復に努めると約束してくれた。世界を三分する組織がいきなり無くなるのは、それこそ世界の混乱の素になるから、と。
私にも改めて教会に戻り、再興に手を貸さないかと頼まれたけど……もちろん丁重に(ちょっぴり武力行使もして)断った。だって基本、聖女は清らかでないといけないからね。
だから、正式に聖女をやめたナナリー=ガードナーは、堂々と花嫁衣裳を着ることができるようになったのだ。ちょうど今日は、私が二十歳になる誕生日。
「ほら、動かないの!」
「そ、そこまでしないでも……」
煌びやかと淑やかさを兼ね備えた純白のドレスを着た私は、現在ミィリーネさんに化粧を施されている。全部、彼女が開発に携わった最新の化粧品らしい。「今日着飾らないで、いつ着飾るの!」と、私以上にやる気のミィリーネさん。先日彼女の結婚式に参列させてもらったが、本当に素敵な結婚式だった。それでも、彼女的には不満だった点があるようで……今日はそのリベンジも兼ねているらしい。誓いのキスで口紅が落ちることを計算してなかったとか――と、その時だった。
ミィリーネさんの、私の唇に紅を乗せようとしていた手が止まる。
鏡越しで見やれば、彼女の瞳が赤く染まっていた。
「どうせなら、普通にお祝いに来てくれませんかねぇ?」
「……なんじゃ。もうちょっとビックリしてくれても良いじゃろうて」
そうミィリーネさんの顔で笑う魔王さんは、今日もやっぱり楽しそう。
魔王さんとは、ウロードの街であった、あれっきり。
私は、単刀直入に訊いてみる。
「それで? 『愛』とは何か、理解できたんですか?」
「んにゃ。さーっぱりわからん!」
「散々私たちを振り回しておいて⁉」
私を一度殺して(まー、これは魔王を問答無用で討伐しようとした私たちが悪い)、その後『実験』と称して、ひとの人生を十二回もループさせ(これは私たちが不器用だったから)、魔族との戦闘まで引き起こしておいて(これも結局善意の行き違いというか)……あれ? この魔王さん、別に悪いことしてないような?
ともあれ、今日もミィリーネさんに乗り移って、ウキウキで口紅の色を選んでいる魔王さんを見ていると……私は思うのです。
「でも、私たちを見ていて、どうでしたか?」
「ん? めっちゃくちゃ楽しかったぞ!」
そして「これだ!」と決めた口紅は、ミィリーネさんが私に塗ろうとしていたのとは別の色。だけど魔王さんが「ほれ」と無理やり紅をとった筆を向けてくるから、私は大人しく鏡に顔を向ける。
「じゃあ、そういうものなんですよ」
「どういうものじゃ?」
「あったらあったらで、それなりに楽しいモノ」
『愛』なんて、多分無くても生きていけるんだと思う。むしろ無い方が、もっと効率的に生きていけるのかもしれない。
でも、あったらあったらでイイよね。少なくとも、私みたいに『愛』がないと生きていけない人もいるわけだし。その『愛』を傍から見学して『めっちゃくちゃ楽しい』人もいるわけだし。『愛』があって損はない。
「それも、そうじゃの!」
私が目を閉じている間に、私の唇に筆が走る。スッと柔らかい筆先が抜けてから「あら?」と言う声が聴こえたので、目を開けば――元の青に瞳の色を戻したミィリーネさんが、目を丸くしていた。
「まぁ、わたくしはいつの間にこの色を選んで……さすがわたくし、完璧だわっ!」
自画自賛するミィリーネさんに、私は思わず吹き出した。
そして――私はいよいよ、お父さまと腕を組み、バージンロードを歩く。
大理石の白い磨かれた道の向こうで待ってくれているのは、もちろん私が大好きな青年だ。ただでさえ私好みの長身な美形なのに、胸元にブーケとお揃いの花を挿し、白い衣装までビシッと着こなされちゃった日には……こちらが恥ずかしくて恥ずかしくてたまらない。
思わず一瞬視線を逸らした私に対して、彼はとても嬉しそうに、私のことを見つめていて。その視線が「早く、早く」と熱く訴えかけてきている。
居たたまれない気持ちで、私は一歩、また一歩と彼に近づく。
参列席にはミィリーネさん夫婦はもちろん、ルーフェンさんやミーチェン王太子が和やかに拍手を送ってくれていた。隅にいるアルバさんは……まるで私に見惚れてくれているみたい。あれだけ真っすぐ想いを伝えてくれてたから、私の方が少し気まずかったんだけど……ごめんなさい。ありがとう。あの頃も、今も、私はあなたに自信を貰っています。
最前列の席には、もちろんお母さまとシャナリーが私に向かってあたたかな笑みを送って……て、シャナリー泣くの早いってば。そんなんじゃ、このあとの披露宴でどうするの? 伝えてないけど、私はシャナリーと中座するつもりなんだけど。
そして、お父さまと腕を離し。
二人が頭を下げ合ったあと、彼は私に手を伸ばしてくる。
「あぁ、ナナリー。綺麗だな」
「よくも照れなく言えますね」
「当然だろう。俺のナナリーが世界で一番美しくないはずがない。だって俺のなんだぞ? 俺の。俺のための。俺だけのナナリー!」
「しつこいってば」
そんなことを小声で話しながら、私は司祭へと一礼すれば――そこには、さっきそれっぽく話したばかりの黒髪美少年マオくんがきっちりと司祭服を着てまして。しかも「借りとるぞ」と持っているのは、私の錫杖。
――ほんとーに自由がすぎるなっ⁉
思わず吹き出していると、イクスが「ナナリー」と私のことを呼ぶ。
顔を向けた途端――私はキスをされた。
一回。二回。何度も、何度も。口はもちろん、頬や鼻や額や耳元……せっかくミィリーネさんにお化粧してもらったのに、顔中のあちこちにキスされること、十二回。
すっかり逆上せてしまって、膝を崩しそうになるも――もちろん、イクスが私の腰をしっかり掴んで、逃がしてくれない。
「愛している、ナナリー」
「……私も、イクスが大好き」
そして、十三回目。今度は私からキスをする。
たとえループ生活から逃れることができても。
わたしはずっと、彼の愛から逃れることができない。
……ううん。逃げるつもりがないの。
彼の愛に溺れているのは、私の方なんだから。
【婚約破棄されたおつかれ聖女はループ生活に嫌気が差したので、
溺愛しすぎる専属騎士と逃亡生活を満喫します! 完】
最後までお読みいただきありがとうございました!
溺愛バカップルの物語はいかがでしたでしょうか?
私にしては長い話、がんばりました。
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ご要望があるなら番外編等考えますね!
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『3分聖女の幸せぐーたら生活〜生真面目次期公爵から「きみを愛することはない」と言われたので、ありがたく1日3分だけ奥さんやります。それ以外は自由!やっほい!!〜』
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流行りの「きみを愛することはない」&ドアマット聖女が嫁ぎ先でひたすら『ぐーたら』を目指すお話しです。
こちらもお楽しみいただけるかと思いますので、ぜひチェックしてみてください!
それでは、本作があなたの有意義な暇つぶしになれたことを願って。
ゆいレギナ