脳筋×聖女の祈り
♦ ♦ ♦
ミーチェン王太子は、気合を入れすぎていた。
着地地点が、高いです。
――ひえっ⁉
豚人間を運んでいる鳥人間と目が合ってしまい、思わず腰が引ける。えっ、この態勢で魔法を祈れと? せめて一度着地してから……でも白魔法にそんな空中遊泳ができる術はないし、黒魔法なんて……下手したら私の体が爆散する可能性だってある。そんな勝負をしている場合ではない。
「あっ」
だけど下を見たら……ちょうど、彼がいた。
もう装備がまともに残っていない状態。立ち方が少しおかしいから、多分どこか怪我もしている。それでも……絶望を前に未だ剣を握ったままの騎士を、私は全力で呼んだ。
「イクスーーーーーーーーっ‼」
安心して、腕を広げる。
だって、私がイクスの表情を読み違えるはずがない。
困ったように眉根をしかめて。怖いくらいの真顔で。
誰よりも優しい声音で、私の名前を呼んでくれるから。
「……ナナリー」
そして、私は誰よりもあたたかな胸の中に飛び込む。返り血が付こうが関係ない。大好きなイクスの匂いがするなら、それだけでいい。
私は背中に回した手を強める。
「イクス……私ね、イクスのことが大好きなの」
「……知っている」
「だからね、やっぱり私、イクスのそばにいたいよ。ずーっとずーっと、イクスがいてくれないと嫌なの」
「わがまますぎるだろ」
「だめ?」
私は顔を上げて、イクスを見ようとするけれど。
だけどイクスが私の頭ごと強く抱きしめてくるから、彼の表情を窺うことができない。
「今までの俺とは違うかもしれんぞ」
「わかってる」
「おそらく、もっと厄介だ。他の男と話そうもんなら嫉妬するし、笑いかけるなど言語道断。もしかしたら、一生おまえを部屋に閉じ込めて、俺にペットのごとく飼われる生活が待ってるかもしれない」
「ふふっ。残念ながら、何も変わっていませんね」
「それなら……尚のこと、男の趣味が悪いな」
「そうかな?」
イクスの腕が弱まり、ようやく私はイクスの顔を見ることができた。
いつになく嬉しそうに、泣きそうな顔で、私の髪を避けてくれる。
そんなイクスが、私はやっぱり嬉しくて――踵を持ち上げた時だった。
――ぴぃ!
どこからともなく、そんな小鳥が鳴くような声が聴こえて。
ふと見上げれば、弓矢の雨が降り注ごうとしていた。途端、イクスが私を抱き込んで、矢を全部振り払ってくれるのですが。
……あの、はい。戦場の真ん中で、すみません……。
我に返った私がイクスから離れようとすれば、なぜかイクスに腰を引き寄せられる。
「あとで嫌ってほどしてやる」
「……何をですかね」
「別に、俺はキス以上のことでもいいが?」
……わざと耳元でそんなこと言わないでください。
私は火照る顔を押さえながらも、大きく息を吐いて。私は錫杖に聞いてみる。
「ねぇ、私の声を大きくするように、できるかな?」
その疑問符に、また『お茶の子さいさい』だとでも言うように、シャランと錫杖の金具が綺麗な音を鳴らして。
「じゃあ、私もいっちょやりますかっ!」
私は錫杖を前に突き立てるようにしてから、大きく息を吸った。
《えー、ザァツベルグ帝国の皆様、そして魔族の皆様! わたくし、一応アルザーク王国国家聖女のナナリー=ガードナーでございますっ!》
その声は、私が願った通りに拡声されている。ありがとう、ピースケくん。
ザァツベルク帝国の兵士らも、そして魔族らも。
その大きな女の声にビックリしたのか、動きを止めていて。私は揚々と言葉を続けた。
《皆々さまに置かれましては、アルザーク王国の先行き、および女神を失った人間への御心配、大変痛み入りますが――要らぬお節介っ! お節介は私ひとりで十分ですっ‼》
そして、私は錫杖を大きく振る。
「ナナリー=ガードナーの愛する世界に、神々の祝福をっ‼」
その祈りに、小鳥の鳴き声が空を切り裂いて。
雲が退き、陽光が荒れ果てた大地を照らす。その暖かな光を浴びて、地面から小さな息吹が芽を伸ばし、実ったつぼみを次から次へと開かせた。
見渡す限りの焦土が、瞬く間に花畑へ変わり。一陣の風が吹けば、私の白い髪とともに花びらが舞う。その花びらと共に、空を飛んでいた魔族たちの姿も光る鳥へと変わり、風と一緒に、空の彼方へと飛んでいく。
多くの人々がざわめく中――私は再び、錫杖を掲げて言い放った。
《文句があるなら、直接ナナリー=ガードナーまでどうぞっ!》
よーしっ、言ってやったぞ。
鼻息荒く一息吐いた時だった。
「脳筋」
背後から言われた短い罵言に、私が思わず振り返れば。
地面に突き刺した剣に身体を預けたイクスが、小さく笑っている。
そんな彼に、私は口角をあげる。
「どーせ、イクスが私のこと守ってくれるじゃん?」
「馬鹿言え」
そして、寄ってきたイクスが、私の顎を持ち上げた。ゆっくり近づく菫色の瞳が、ずっと私の間抜け顔を映している。
――キスされる!
私は少しだけ緊張して目を閉じれば……なぜか鼻にかかる圧迫感。うっすら目を開いてみれば、イクスが私の鼻を嚙んでいる。……噛んでる⁉
目をぱちくりさせる私を見下ろして、彼は嬉しそうに微笑んでいた。
「当たり前だ」
明日エピローグ1話で完結です。
長かった……!