溺愛×愛に溺れること
そして、私はミーチェン王太子に話しかけた。
「あの~、お願いがあるんですけど」
「聞こう」
「前線まで転移させていただくことって、可能ですか?」
走っていけない距離ではないが、瞬間移動するより早い移動方法はない。
ミーチェン王太子の唯一といっても過言ではなさそうな特技である。ただ、もちろんかなりの魔力を消費するので、今のシャナリーに頼むのは酷だし……と窺ってみると、ミーチェン王太子は嬉しそうに鼻を掻いた。
「勿論だ! そのために、ここまで温存してきたのだからな‼」
その笑みに、私も思わず笑ってしまう。
この短期間で、素敵な王子様になってくれたものだ。……いや、ただ私がちゃんと見ていなかっただけで、きちんとその素養はあったのだろうけど。
そんな人だからこそ――私はきちんと伝えるべきなのだろう。
「……転移の前に、ひとつだけ」
「ん?」
呪文を唱えようとしていた王太子に、私は慣れないお辞儀をして、告げた。
「……王太子である身でありながら、そこまで魔導の道を極めたあなたのこと、尊敬します。どうか将来、光ある道を民へとお示しくださること、心よりお祈りしております」
「断る」
「えっ⁉」
いや……あの、王太子殿下? 私は冗談ではなくってですね……もしかして、これが今生の別れになるかもしれないからこそ……いつになく真面目に言葉を選んでみた次第なのですが……?
だけどミーチェン王太子の顔は、とても真面目だった。
「そんな今から死ぬようなこと言うな。君は今後も、俺の為政を見届けるんだ――隣か遠くからかは、君に任せるが」
「……それならミーチェン殿下。私との婚約を破棄してもらえますか?」
「ふんっ。二人揃って勝利の報告に来た後に、もう一度聞いてやろう」
本当に……いつの間に、こんな素敵な王子になってしまったのか?
得意げに鼻を鳴らす殿下に思わず苦笑して、私は軽口を吐いてやる。
「では、こっぴどく振られるお覚悟を」
「あぁ、心待ちにしておこう」
そして殿下は再び目を閉じて、詠唱に集中する。
さぁ、私もここからが大勝負だ。
この場を生き延びること。そして、イクスに受け入れてもらうこと。
その二つが揃って、ハッピーエンド。後者はあとからでも……なんて、逃げてたらダメだ。今なら、確実にあなたに会うことができるんだから。
「行くぞ――っ!」
だから、私はあなたに会いに行く。
十二回のループで募った想いを、伝えるために――
♦ ♦ ♦
もう、何匹倒したのかもわからない。
おそらく、これが正念場だろう。正念場じゃなければ困る。
どれだけ、仲間の悲鳴を聴いたのだろう。
どれだけ、仲間が死ぬざまを目の当たりにしたのだろう。
どれだけ……。
――シャナリーを生かしたまま、撤退させられて良かった。
彼女の獅子奮迅ぶりは圧倒的だった。日頃、披露する場所もないだろう大火力。それはすなわち、彼女も経験のない魔力の使用量だったに違いない。
どんなに魔道の才能があっても、経験がなければ実践力とはいえない。ただでさえ、彼女の得意な黒魔法は、魔族に効きづらいもの。そんな常識を圧しての奮闘を、たった十五の少女に強いたんだ。……無力な兄貴分だな。
そんな彼女のがんばりを――
「無駄にして、たまるかぁっ‼」
俺はまた、豚鼻の目立つ魔族を一閃。血しぶきを全身に受けるも、巨体が仰向けに倒れる。そのまま俺はすぐに踵を返す。俺が豚鼻に集中できたのは、浅黒い肌の男がワシ頭の鳥人間の注意を引き付けておいてくれたから。
「猿野郎!」
「サルじゃナイ‼」
――アルバ、だったか。
記憶のない旅の途中で、出会った男――《あの女》に先行して、急いで戻ってきたと言っていた――を呼ぶやいなや、減速せずに駆けよれば、察したのだろう。俺の跳躍とともに、猿が両手を組む。それを踏み台にして――俺は高く跳躍した。そして、一薙ぎ。鳥人間の首を斬り割き、ワシ頭と共に地面に着地する。ワンテンポ遅れて、鳥人間の胴体が落下してきた。念のため、胸部を一刺ししておく。
すると、残っている十人足らずの兵士から歓声があがった。どうやら、とりあえずひと段落のようらしい。それに、アルバも汗を拭ってため息を吐いている。
だが、オレは一息吐く気になれなかった。焦土の上に、敵はいない。
だけど、終わった気がしない。それは言葉にできない――今までの勘。
「気を抜くなっ! まだ終わったと決まっていない!」
そう叱咤を飛ばすものの、気持ちはわかる。
俺だって軽鎧はとっくに砕けて、今は無駄なベルト部分が残っているのみ。剣もとっくに刃こぼれしていて、今は腕力と気合でどうにかしているにすぎない。正直、立っているのもやっとな状態だ。
だけど、俺は笑う。
案の定、死地はまだまだ果てないようだから。
「ほれ、地獄の使者のご来店だ」
空からバサバサと羽をはためかせているのは、さっきと同じような鳥人間の群れ。しかも強靭な足には、豚鼻の巨人まで運んできている。その数、ざっと八セット。
しかも、絶望はそれだけではなかった。
「なっ……」
前方から見える人の群れ。はためく旗の模様は――隣のザァツベルグ帝国か。
あからさまに中央の兵士らは槍を掲げ、右翼と左翼の兵士集団は弓兵の様子。
もう半日以上、この前線にまともな情報は入ってきていない。というか、聞く余裕もないというべきか。なんだ、あの軍は。増援に来てくれたと楽観視できる状況じゃないぞ。号令一つで、今にも左右の群から弓の雨が降ってきそうな気配だ。
仲間の兵士らも狼狽え――いや、上と前からの訪れた絶望に、武器まで落とす始末。
――もう、なんて声をかけるべきなんだ?
俺は王太子でも領主でもなんでもない。
ただ、たまたま運悪くこの場に流れ着いた傭兵だ。一応、貴族の次男坊だが……それがどうした? 家督はとっくに諦め、家すら捨てて、教会の捨て駒になったような男。
その果て、守りたかったはずの女のことすら、まともに覚えてやれていない俺が……。
そう――ただのボロになった剣の柄を握り直していた時だった。
「イクスーーーーーーーーっ‼」
曇天だったはずなのに、そこだけ晴れ間が差していた。
長く広がる白髪に陽の光を受けた姿は、まるで黄金の羽根。片手に持った錫杖が、彼女の招来を祝福するかのように、軽やかな音を鳴らしていた。
そんな神々しい天使が、俺に向かってまばゆい笑みを向けている。
その羽根は、幻想のはずなのに。
ここは地獄のような死地なのに。
そのまま放っておいたら、地面に墜落するだけなのに。
彼女は俺が受け止めると信じて疑わない嬉しそうな顔で、俺に両手を広げている。
――あぁ、なんて馬鹿な女なんだろう。
――こんな、ろくでもない男の胸に飛び込んでくるなんて。
こいつは、わかっているのだろうか。
記憶を失ってもなお『想い』を残しているような、こんな重い男に捕まったら……もう二度と、離してやれないことを。
「本当、馬鹿だな……ナナリー」
そして、俺は両手を広げ――胸に刻む。
これから先、何度彼女がどこへ堕ちようとも、俺が必ず救ってみせる。
何度でも。何度でも。
たとえ行き着く先が、地獄の底でも。
血の海に溺れて、息ができなくなろうとも――俺がお前を愛してやる。
以前お話した「ネット小説大賞」最後で落選してしまいました…めちゃくちゃ悔しいです。完結時にランキング載って打診もらえたらいいなぁ、などなんとか自分を励ましてます。
書籍化等イラスト楽しみにしてくれていた皆様、申し訳ありませんでした。
あと残り2話です!
来週の火曜・水曜くらいで終わらそうかと考えております。最後までどうぞよろしくお願いします!