天才美少女魔導士×ばとんた~っち
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それから、また私は来た道を急いで戻っていた。
あのあと、魔王さんはまたすぐに消えて。アルバさんも無事に起きてくれたから――私より先行する形で、一足先に砦へ戻ってもらっている。
私は、ほら……どうしても足が遅いから。
だってウロードの街を出て少しした頃、すれ違った旅人さんに聞いてしまったの。
「お嬢ちゃんたち、エラドンナの方には行かない方がいいよ~。なんかあの周辺の森が燃えているらしくてねぇ。噂だと、隣国が攻めてきたとかなんとか……」
いくら気が急いても、女の足には限度がある。白魔法で脚力を強化したって、着いたはいいけど倒れたら? それこそ足手まといになるだけだ。
――どうしてこういう時に限って、魔王さんは便利に現れてくれないんだっ!
なんて、ついつい愚痴りたくなってしまうけど。私は重い足を懸命に動かしながら、奥歯を噛み締めた。
これは、私たち人間の戦いなんだ。ここで魔王を頼ったら……それこそ『人間は弱い』という証明になってしまう。
「がんばれ、ナナリー=ガードナー。ここが踏ん張りどころだぞ!」
応援するのは、私自身。
がんばれ。がんばれ。精一杯自分を鼓舞しながら、私は足を動かし続ける。
木々の向こうから、再び爆音が聞こえた。地面が揺れる。
大規模な戦闘が行われているに違いない。
こんな攻撃が魔族からされてたら、砦はもう跡形もなく……。
――でも、もし攻撃しているのが人間側だったら?
私は頭を振るかわりに、思いっきり叫んだ。
「ええいっ! どっちにしろ、行くっきゃない!」
だって、私は決めたんだ――イクスと、幸せになるって。
「ナナリーちゃん!」
「聖女様っ‼」
砦に着くやいなや、ぼろぼろの兵士や町の人たちが、私に向かってキラキラした目を向けてきた。まるで、救世主がやってきたような。……その視線に、なんだか申し訳なくなる。私の頭の半分は、ひとりの男性が占めているんだから。
それなのに、彼までも私に希望を見たような顔をしてくるんだ。
「聖女ちゃん、戻ってきてくれたんだね!」
「ルーフェンさん」
私は苦笑を誤魔化しつつ、軽く会釈。そしてすぐさま「状況は?」と疑問符を投げかけた。ルーフェンさんは表情を固くする。
「見ての通り、あまりよくない。援軍の魔導士が魔族を薙ぎ払ってくれたが……彼女の魔力が尽きてからはジリ貧だ。残った兵士と……あと君が先に戻してくれたアルバって男の子が踏ん張ってくれているが……しかも、さっき届いた王太子の諜報役からの情報によれば……ザァツベルグの兵がこちらに向かっているらしい。アルザークが魔族と与し、ザァツベルグに攻めこもうとしているってな」
「とりあえず、城からの援軍は無事に着いたんですね」
「あぁ、まさかのミーチェン王太子と可愛い魔法使いの女の子付き。オタクの王子、あんな度胸があるやつだったか?」
「何度もお空を散歩した結果、悟りを開いたみたいですよ」
「なんだそりゃ」
――ミーチェン王太子と、魔法使いの女の子?
ウロードの街で、城の兵士らがこちらへ向かっているのは見ていたけど。決して王太子が率いているような規模ではなかったはずだ。それこそ地図無し村に来た軍勢の方が立派で数も多かっただろう(私が結界で一網打尽にした兵士らのこと)。
だけど、王太子にセットで付いてきそうな魔法使いの女の子は、私の知る限り一人しかいない。
「その援軍の魔導士って……私より可愛いけど、そっくりな感じでしたかね?」
「あぁ、やっぱりあの可愛い子が聖女ちゃんの妹だったわけね。口説いておけばよかった」
「全部片付いてから、ルーフェンさんだったら許可してもいいですよ?」
ルーフェンさんの軽口に、私もちょっと乗ってあげると。
彼は、噴き出すように笑った。
「……ありがと。じゃあ、それを励みにもうひと踏ん張り行こうか――あの子と王太子なら、屋上にいる。さすがに半日以上魔法ぶっぱなしてたら、あの子もギリギリだったらしくてね。引き上げてきてさ――それでも、すぐに出ていけるように見渡しの良い場所にいるといって聞かないんだ」
その優しい強情さに、思わず苦笑しながら。
私は迷わず踵を返す。
「それじゃあ、私もひとまず屋上へ行くべきですね」
「あぁ――あと」
私が階段を上がろうとすれば、言われる。
「イクスの野郎なら、ちゃんとまだ生きてるぞ――一時間以上前の情報だが」
「……ありがとうございます」
私が敢えて振り向かず、そのまま階段を上がる。
そして、屋上に出た時だった。
「おね……お姉ちゃんっ‼」
私が声をかけるよりも前に、林檎ジュースの瓶に直接口を付けていたシャナリーが駆けだして来ようとしていた。
だけど、やはり疲れが溜まっているのか。足がもつれて。すぐに転んで。せっかくのジュースを零しちゃって。それで擦り切れたローブが濡れてしまったにもかかわらず「えへへ」と笑う、四つん這いになった妹を――私は抱きしめた。
「おつかれさま、シャナリー」
「ははっ、まだまだでしょ」
軽やかな妹の笑みは、疲れた様子をまるで隠せてなくて。
塀から真っすぐに戦場を見つめている黒髪の王太子は、そのままの状態で告げる。
「本当にシャナリー殿はよくやってくれた。ここまで砦に被害がないのは、彼女の尽力あってこそだ。さすがは『天才美少女魔導士』だな」
「あはは~、何今更な事実を言ってるんですか~」
――被害……砦には、ね。
この砦、従来なら林に囲まれた場所にあったんですけど……。
うわーい、曇天の下に焼け野原。すっかり禿げ上がって焦土しか残っていない森だった場所を、私は小さく笑いつつ。シャナリーの頭を撫でると、彼女が嬉しそうに頭を押し付けてきた。あ~。私の妹、可愛い。あまりの可愛さに、私も前向きな言葉を吐いちゃうぞ。
「廃築や廃材を片付ける必要がなくなりましたね」
「あぁ、再興の手間がひとつ省けた。ルーフェン殿と見取り図を前に意見を出し合うのが楽しみだ」
その時、また轟音が聞こえる。遠くから黒い大群が押し寄せてきていた。あれは……人間? 掲げられた旗は、お隣ザァツベルク帝国のもの。
それに対して、前線で今も魔族と交戦中の兵士は、ポツポツと。まさかの三つ巴に、思わず笑ってしまいそうになる。これをどーにかしろってか……魔王さんお茶目がすぎるってば。
「行かなきゃ……」
まともに腰が据わっていないシャナリーが、それでも立ち上がろうとしていて。
そんな妹の前に、私が手を掲げた。
「ばとんた~っち」
「お姉ちゃん?」
シャナリーの目を丸くした顔が可愛い。こんな可愛いのにボロボロな妹を前にお姉ちゃん風を吹かさず、いつ吹かせというのか。
「あとは、あなたの大好きなお姉ちゃんに任せなさい」
「…………うん。任せた」
そして、シャナリーと手をパチンと打ち合わせる。シャナリーの笑顔は、やっぱり可愛い。