光の柱×聖女の役目
街の警戒が解けるまで二日ほど、屋敷で匿ってもらって。
その間に、お二人は本当にお忙しく動いてくれたらしい。エラドンナに送った兵士たちによれば、あれから魔族の襲撃は起こっていないとのこと。ただ、食糧難だけはどうしようもないようで、早急にウリドから食料提供を依頼しに行くらしい。同時に、子供だけでもと避難を開始し始めたとのこと。その引率に、アルバさんの民族の方も手を貸してくれているらしい。
私とアルバさんは、王家の印の付いた兵士たちを横目に、街を歩いていた。どうやら、城からの兵士も明日にはエラドンナに到着しそうだ。物資もそれなりに積んできているみたいだし……本当に、本当にあと一歩。
その元凶を、どうにかできれば。
「貴族にもイイやつはイルんだな」
「何か貴族に悪い思い出でもあったんですか?」
少し慌ただしい街中での世間話として、疑問符を投げてみれば。
彼は小さく笑った。
「いや、特にナイけど――いいイメージも無カッタだけだ」
「貴族だ魔族だで、括るのが勿体ないと思いますよ。個人は個人ですからね」
「……そういうモノか」
「そーいうもんです」
そして、私たちが向かう先は――教会。街に騎士の姿がいなかった分、しっかりこちらの警護を固めているようである。門構えの騎士の数が倍の四人に増えていた。
それをまた物陰から覗きながら、私は彼に訊いてみる。
「それはそうと、本当についてきて良かったんです?」
「言ッタだろう? オレが、ナナリーを守ルと」
「ふーん」
……まぁ、彼がそういうなら、いいのかな。
「怪我をさせたら、許しませんからね?」
「あぁ、善処シヨウ」
その答えの後、ゆっくりと息を吐いてから――私は声を張った。
「たーのもーっ‼」
手を振るように、シャカシャカと錫杖を大きく振る。当然、騎士さんらの注目は集まるわけで。私は容赦なく、錫杖を振りかぶった。
「ナナリー=ガードナーを見つめる者に、鮮烈なる光をっ‼」
目を閉じてもまぶしい、強烈な光。
目くらましの隙をついて、私たちは堂々と教会内部に駆け入る。
そして礼拝堂へ入れば――さっそく、会いたかった人が私を待っていてくれていた。
ルーフェンさんの弟が、女神像の隣に浮かんでいる。
「まさか、そちらから殺されに来るとはね」
「まぁ、不発するのはこちらも空しいんで」
私は苦笑してから、改めてシャランと錫杖を鳴らして。
「それじゃあ、ちょっとだけ時間稼ぎお願いします」
「あぁ、任サレた!」
その合図に、少年の身体を借りた魔族が目を見開いているけれど。
――死者を弔うことも、聖女の役目だからね。
あの時ルーフェンさんに頼まれたことを、しっかりと完遂してみせましょう。
目を閉じてていてもわかる。襲い掛かってくる聖騎士や、魔法の炎から、私がしっかり守られていることを。その完璧な守りに、魔族が恐れおののいていることも。
私は再び小さく苦笑してから、錫杖を振った。
「ナナリー=ガードナーを認めぬ者に、正常たる帰路をっ‼」
空から降り落ちる光の柱。
それに包まれた魔族が、まるで炎に焼かれたような咆哮をあげる。魔族が暴れまわるたびに、柱にひびが入る。
最後の瞬間――魔族を宿らせた少年が笑った。
「はっ……正常? 笑わせないでよ、どっちが異常だと――」
「うん……ごめんね」
たとえ、私が死ぬべき運命であったとしても、私は死ねない。
こんな私と出会えてよかったと、そう思ってくれる人がいる限り。
こんな私を友人だと、そう言ってくれる人がいる限り。
私はこの人生を自ら諦めることはできない。そのせいで、誰かが犠牲になっていようとも……私から捨てることは許されない。そうだよね?
「ここで死んだら、イクスの頑張りが全部無駄になっちゃうから」
彼が紡いで、紡いで、ここまで繋いでくれた、私の命。
間違いだったなんて、言わせてなるものか!
「――だから私、もう逃げないって決めたの」
私が力をこめると、ピィィィィと鳥の鳴くような声が聴こえた気がした。
あぁ、目が熱い。だけどたしかに私は腕を前に伸ばし続けて。
「あああああああああおおおおおおおおおおあ」
声にならない断末魔と共に、パリンッと光の柱が砕け散る。
その柱のあと、女神の御膝元に倒れる少年に、私はゆっくりと歩み寄る。
さっきまで、年頃の少年らしいみずみずしい肌だったのに。全身焼け焦げて、白い骨まで見える箇所があり、骨ばった顔の目の部分がくぼんでいる。
私はゆっくりと瞼を閉じてから、そっと顔の上に用意していた白いハンカチを乗せて、立ち上がった。
振り返れば、赤い目を隠さなくなったアルバさんは緩やかに笑っている。
「ココは人間ノ世界だ。たとえ誰が何と言オウとも……魔族の手を借リなきゃ存在できない脆弱者ノ理屈が、まかり通ルわけがナイ」
「あはは……アルバさんはそんな難しいこと言いませんってば」
「おや、いつから見抜かれてたかの?」
ひょうきんな口調とともに、アルバさんの身体からすいっと抜けてくる黒髪美少年。私は倒れるアルバさんを受け止めながら、ステンドガラスの下に浮遊する魔王さんを見上げた。
「魔王さんが憑依したのは多分……ミィリーネさんと出会った直後かそのくらいじゃないでしょうか。屋敷でご馳走になっていた時には、もう魔王さんだったかと」
食べっぷりが見事でしたしね、と苦笑すれば、魔王さんは「お見事じゃ!」と拍手を送ってくれる。まるで嬉しくないけどさ。
私は嘆息してから、改めて魔王さんに尋ねる。
「で、改めてお尋ねしますけど――魔王さんはなんで私に与してくれるんですかね?」
「だから、愛が何なのか知りたいからじゃと――」
「それだけじゃないでしょう?」
もちろん、それが嘘というわけではないとも思うんだけど。
それでも、そんな夢見がちな回答だけで満足できる状況ではない。
ルーフェンさんの弟に憑依していた魔族は、あからさまに『アルバさん』に驚いていた。いくら生身の人間に憑依していたとしても、魔族の王たる存在に、魔族が気づかないとは考えにくい。ならば、思いがけず私に手を貸していた王の存在に戸惑ったのだと考えるのが筋だろう。
魔王さんは仲間や部下であるはずの魔族を裏切ってまで、私の味方をしたということだ。その理由が、ただの実験だけなはずがない。
「察しがいいおなごは、モテないんじゃないかの?」
「お生憎様、私はイクスにさえモテればいいんです」
腕を組んでプイッと言ってのければ、魔王さんが思いっきり噴き出す。
「ははっ、ずいぶんとイイ顔をするようになったのう!」
魔王さんはひとしきり笑ってから、女神像の頬をそっと撫でた。
「ワシは、彼女のことを知りたかっただけなんじゃ」







