友達×当り前ですわ!
ミィリーネ=シャントット伯爵令嬢。
彼女は数か月前、この街周辺の草原で行き倒れていたお嬢さまである。
恋人に婚約破棄を言い渡されたからと、国王に契約違反を直訴しにいくため。ウロードから王都までの盗賊はびこる道を、単身歩いていこうとした無謀なご令嬢。
そしてなんやかんやあって。最後は彼女が身体を張って、私たちを逃がしてくれた。
その別れ際に言われた言葉を、私は今もよく覚えている。
『わたくしはこの御恩を生涯忘れませんわ! あなたがたはわたくしの友人よ! いつか困った時には、わたくしが必ず助けるから、絶対に覚えておきなさいっ‼』
私、ずっと友達らしい友達っていなかったから。
だからイクスから『良かったですね』と言われて、ちょっとむず痒かったんだっけ。
――と、そんな経緯で知り合ったミィリーネさん。
人間、たったの数か月じゃ、やっぱり変わらないものらしい。
このウロードの街で彼女が本拠地としているのは、当然彼女の婚約者エンドール=ウロードの公爵家の邸宅だ。
私が詰め寄られるままにエラドンナからの経緯を話すと、彼女は即座に動き出した。
「――と、いうわけでエンドール様。このお二人を匿ってくださいまし!」
「あぁ、わかった」
「そしてエラドンナ砦へ至急、支援物資を送ってくださいまし。エンドール様個人の采配で、人手はどのくらい割けそうですの?」
「そうだな……すぐに動かせても一個隊、五~六人がいいところかな。避難民を迎える準備にも人員を割きたいからね。前線の維持も大事だが、ひとまず避難民の移動も急ぎたいところかな」
「わかりましたわ。では、なんとか二個隊をエラドンナへ向かわせてください。早急にシャントット領に連絡して、ウロードとウリドでの受け入れ準備の人材はわたくしの方で手配いたします。早馬で連絡に一日、準備一日……一週間以内に全てを整えてご覧にいれま――」
「いやいや待ってください⁉」
迅速に進む次期公爵とその婚約者の会議に、私は慌てて待ったをかけた。
もちろん、とっってもありがたいお話なのですが!
でも、ダメなのでは?
「エラドンナの現代理当主の話によれば……ウロードからの支援は難しいとのことだったのでは……?」
私が質問する一方、アルバさんは呑気に出してもらった食事に手を出していた。時間が中途半端とのことで、ブランチ程度のサンドイッチだが――肉厚のハムが大層お気に召したらしい。まるで少年のように貪りついている。
でも、そんなことを気にしている場合ではない状況なので。
藍色の髪と涼やかな目元が特徴のエンドールさんも落ち着いた声音のまま、私の質問に応じてくれた。
「そうだね。教会からの圧力があったから、父上はできる限り関与したくなかったようだけど――でも、それは父上の判断だから」
のんびり紅茶に舌鼓を打ちながら、彼は自然な素振りで横目でミィリーネさんを見やった。
「僕個人として支援する分には、問題ないだろう。こないだの教会との騒動で父上からお叱りを受けたばかりだから、あとで処罰が下るかもしれないけど……まぁ、悪くて廃嫡か――ミィリーネ。僕が公爵家から追放されたらどうする? その前に婚約解消しておいた方がいいかな?」
「何をおっしゃってますの? どんな田舎だろうが山奥だろうが、エンドール様についていくに決まってるじゃないですか。それより普通に、シャントット家に婿養子にいらしては? わたくしの一存で散財することはよくあるので、此度の件でわたくしが今更処罰受けることは考えにくいと思いますわよ」
「それもそうだね。婿養子も悪くないな……シャントット領は今、美容方面に力を入れているんだっけ? 僕も研究に加えてもらえたりしないかな?」
「勿論、アルザーク第一学院で常に主席を修めていたエンドール様なら大歓迎ですわっ! そうでなくても、別に二人で新たな会社を興してもよいではありませんか。お金ならお父様からがっぽりせしめてきますわよ?」
「ははっ、それは頼もし――」
「いやいやいや、だからちょっと待って⁉」
なーにを二人は最悪のケースの話に花を咲かせちゃっているのかな⁉
しかも妙に二人とも楽しそうですが……そこまで私、頼んでないですよ? 一応支援は難しいんですよねって、確認してみただけなのに……。
私がおろおろしていると、ミィリーネさんが得意げに口角をあげた。
「わたくし言ったじゃないですか――いつかあなたが困った時、必ず助けるって」
「あっ……」
覚えてる……しっかりと、私も覚えている。
だけど……言葉に詰まる私の対面で、エンドールさんが肩を竦めた。
「こう見えて、彼女が僕にわがままを言ってくることは珍しくてね。……それに彼女の友人なら、僕にとっても同じだ。助けてもらった恩もある。その恩と友誼を忘れて平然としているような、そんなつまらない公爵なんかになれと言われてもこちらから御免だ」
そんな次期公爵に、ミィリーネさんは相変わらずぞっこんらしい。「さすがです、エンドール様♡」と歓喜してから、彼女はご自身で自慢していた豊かな胸に手を当てる。
「だから、エラドンナの皆様の避難と誘導はわたくしたちにお任せを。ここで権力を使わないで、いつ使えというんですの? これぞ貴族の矜持ですわぁっ!」
高飛車な令嬢の高笑いは、何度か聞いたことがあるけれど。
こんなに頼もしい高笑いを、私は聞いたことがない。
目の端の涙を拭って、私もちゃっかり甘えてみせる。
「それならついでに、ガードナー家にも連絡を入れてもらえるでしょうか」
「別に宜しいですけど、なんて?」
友達に甘えていいのなら、家族に甘えたって問題ないでしょう?
「長女が今から教会に喧嘩売りに行くので、後始末よろしく――と」
「……長女?」
だけど途端、ミィリーネは目を丸くして。
しばらくしてから、思いっきり唾を飛ばしてきた。
「あなたっ! ガードナー公爵家の長女だったんですの⁉」
私はこの後、めちゃくちゃミィリーネさんに叱られました。
いやぁ、たしかに早々に教会に招集され、社交界デビューもしてないから、我ながら貴族な自覚はないのですが……ミィリーネさんにとっては『高位の令嬢になんて今まで失礼を⁉』てことになってしまうらしいです。あはは、ごめんって。
でもね、ミィリーネさん。
あなたの言葉に、私はとても救われたんだよ。
だからどうか――この事件が解決したあとも、私の友達でいてくれますか?
それを聞いたら、私はさらに怒られた。
「当たり前ですわっ!」
だって。







