あなたのせい×約束しましたでしょう?
ルーフェンさんの弟は、今から半年くらい前に死んだはずである。
ちょうど、私たちのループの起点になっていた時期。隣国の御家騒動の一環で、眠っていた屋敷に火をかけられて……。実際に私が目撃したわけじゃないけれど、ルーフェンさんはたしかにそう言っていた。
そんな彼を弔うために、夜中観光地化されていたエラドンナ砦に乗り込み、屋上から彼の安寧を願って、祈りを捧げたのは記憶に新しい。
その時、たしかに骨粉となっていたはずの少年は言う。
「死にかけの身体を、普段は魔族に明け渡してるんだ。魔族は精神体でしょ? たとえこちらに来るほどの魔力がなくても、依り代となる身体があれば、現世に関与もできるんだよ」
元から、賢い子供だったと思う。
それでも……こんな冷たい眼差しをする少年だっただろうか。
私は半ば呆然としながらも、言葉を紡ぐ。
「なんで、そんなことしてまで……」
「全部、あなたに復讐するために決まってるじゃん」
少年は、とても美しい笑みを浮かべた。
「全部魔族から聞いたんだ。僕は本来、死ななくても良かったんだって。でも、あなたが生きる代償に……僕らが犠牲になった。世界が歪んで、死ななくていい人が死んで、死ぬべきひとが生きている。そんなのおかしいでしょ? 世界の歪みは、正さなきゃ」
司教が「御子様⁉」と驚いていたけれど、我に返ったらしい。聖騎士らに再び、私たちを捕らえるように命令を飛ばしていた。だけど、そのうるさいはずの声すらも、私は認知できないでいた。
「エラドンナに魔族が押し寄せてるんでしょう? あれもあなたを殺すためだよ。みんなでね、歪みの元凶を壊そうとしてるんだって。何度も、何度も――もう十回だか十一回だが。どんな手を使っても、歪みが直らないから、とうとう手段を選んでいられないんだってさ」
――そんな……。
思わず膝から力が抜けて。そんな私を、とっさにアルバさんが支えてくれるけど。私は、まともに立ってすらもいられない。
――全部、私のせいなの?
――私が、生きているから。
――イクスが、私のことを助けてくれたから。
――だから、あんな惨劇が生まれてしまったというの?
「だから、僕はあなたを殺して、兄さんに会いに行く。アルザーク王国に二人で新鮮な林檎ジュースを広める――そんな商売を一緒にやるんだ」
――全部、私の……。
その無邪気な夢に、私が動けないでいた時だった。
私たちを捕まえようとじわじわ迫ってきていた聖騎士のひとりを、アルバさんが蹴り飛ばした。そのまま流れるような動きで、ひとり。またひとり。俊敏な動きで三人の聖騎士を鎮圧したのち、彼は私の手を掴む。
「ひとまず、逃ゲよう! 態勢の立テ直シだ!」
私は、瞬きすらろくにできずにいた。
「どうして……今の話、アルバさんも聞いて――」
私が原因だった。
ルーフェンさんの弟が死んでしまっただけじゃない。
あのエラドンナの侵攻も、私のせいだった。
私が、今こうして生きているから……。
「いや、スマン。難シクてオレにはヨクわからなかった」
……そっか。わからなかったか。
それでも、私はアルバさんの手を振りほどこうとする。わからないなら、余計に巻き込んじゃダメだよね。だけど、彼の手の力は思ったよりもとても強い。
「デモ、たとえ話がワカッタとしても……オレはナナリーを守ル。ソレに……ナナリーに出会エタこと、オレはカラドリウスに感謝している」
私は、ぎゅっと錫杖を握りなおす。
ピースケくんは……全部知っていたのかな?
全部、こんな未来も知ってて、私を『まま』と呼んでくれてたのだとしたら。
アルバさんは、私の両肩に手を置いた。
「ナナリー。たとえ今はオレのコト好キじゃなくてもイイ。だけど……オレと出会エテ、良カッタか?」
彼は、私があのループ生活の中で城から逃げ出さないでいたら、間違いなく出会えなかった人。そんな彼からの問いかけに、私は答えを迷うことはなかった。
「……はい。もちろんです」
「ならイイ。ソレだけで、オレは嬉シイ」
だから、今は引こう――その力強い笑みに、私は小さく頷き返して。
「あははっ、また逃げるんだ? いつまで逃げるの? 弱い人間風情が、どこまで逃げたって――逃げ場なんかないのに⁉」
そんな少年の笑い声を背に。
私はアルバさんに連れられるまま、素直に足を動かし始める。
聖騎士らはもちろん、私たちを追ってくる。
アルバさんが向かうのは、街の中心街のようだ。人並みの中に紛れてしまおうというのだろう。そうだよね、教会の騎士なら、一般人に危害を加えるようなことはしないだろう――普通ならそう思うよね。
――どうかな。
以前、白昼堂々私たちを取り囲んできたやつらである。今頃、私たちを追い詰めるべく、聖女も動かされていることだろう。それを鑑みるなら、ちゃんと人のいない郊外へ抜けて、正々堂々対峙する……イクスと二人だったら、きっとそんな選択肢を取っていただろうな。
――さて、どうしよう?
「このまま、身を隠セルような場所に心当タリアルか? または友達とか、頼レそうな相手に心当タリは⁉」
口を閉ざしたまま、行き先もひとまずアルバさんに預けたまま。
私は密やかに、今後どうするべきか考えていた。
――やつらの狙いが、私なら。
――ここでアルバさんとはぐれれば、彼は巻き込まないで済む。
私に出会えてよかったと、そう言ってくれた優しい人へ。
せめてもの恩返しを……。
そう、今も力強く握ってくれている手を離してもらうため、こっそり祈りを発動させようとした時だった。
「ああっ⁉」
人込みに不慣れなせいだろう。とある服飾店から出てきた如何にもな金髪巻き髪の令嬢に、彼は派手にぶつかってしまう。
どうやら令嬢は尻餅をついただけで、「なんなんですの~」と文句を垂れながらも、幸いにも大した怪我はなさそう。
だけど、
――ともだち……?
先ほどのアルバさんの言葉から連想してしまっていた私は、その見知った顔に、思わず頼もうとしてしまった。
「お願いします、どうか――」
「勿論ですわっ!」
私は最後まで言っていない。お願いの要件すらも言えていない。
だけど顔を上げた令嬢ミィリーネ=シャントットは、躊躇うことなく大きく頷いてくれていた。
少々嬉しいことがありました。
本作現在開催中の『第十回ネット小説大賞』に参加しているのですが、
どうやら最終選考に残れたようです。
結果は7月上旬とのこと。
書籍化したいです!カッコいいイクスのイラストが見たいです!
できたらコミカライズも……!!(強欲)
どうか受賞できるように一緒に祈っててくださー-い!!







