聖女ちゃん×追放
「集落のみなさんは元気ですか?」
「モチロンだ! ナナリーが腰を治シテくれたバッチャンなんか、アノ後大鹿を一人で狩ッテ担イデ帰ッテきて――」
落ち着いてから、私たちも階段を下りる。全員が集まっている避難所兼集会所みたいな大広間。ぱっと見、砦にいる人のほとんどが此処にいるといっても過言ではなくて……アルバさんと同じ集落の人たちも、怪我人の手入れや雑用に協力してくれている様子。ありがたいなぁ。そしてひとり、魔王さんの姿は見当たらないけれど。
でもとりあえず当然、私がまず話さなくちゃならないのは――
「聖女ちゃん‼」
領主代理、ルーフェンさん。彼も兵士さんらと打ち合わせをしていたのだろう。それを中断してこちらに来させてしまったのは申し訳ない。
しかも、ルーフェンさんだけじゃない。兵士の人たち。砦に避難している人たち。傷を負って寝ていた人たちまでも、私を見て――みんな、頭を下げてきた。
ルーフェンさんが声を張る。
「この場に居る全員を救ってくれたのは、紛れもなく聖女ちゃん――いや、聖女様だ。代表として、まず礼を言わせてほしい。本当に……本当にありがとうございました」
「いえ、私は……」
私はぎゅっと、錫杖を抱きしめる。
謙遜するのも、おかしいのかもしれない。聞くところによれば、実際に私が発動させた大規模魔法で、魔族は一掃できたとのこと。あれがなければ、ここにいる全員の命はなかったと言える戦況だったらしい。
だけど、それは全部身体を張ってくれた、錫杖のおかげだから。しかし、この場でそれを口にするのもなんか違う気がして、私は淡々と状況確認のみに留める。
「それで、私が寝ていた間に事態は?」
「あぁ、それはおかげさまで――」
そこから紡がれた言葉に、さすがの私も驚くしかなかった。
まず、魔族はあれから音沙汰がないということ。でも、これは今後も警戒するに越したことはないから、様子を見ることにして――それよりも、砦の大魔法の発動により、ようやく王都が動いてくれることになったらしい。あの大規模魔法の発動は、近隣の魔導士ギルドや教会も無視できないようで、砦の調査に来てくれることになったとのこと。
それに合わせて、国からも調査団という名目で一定数の兵士を送ってくれることになったそうだ。……まだ『魔族の侵攻』という事実を認めない輩が邪魔してきているようで、大手を振っては動いてくれないようだが。
それでも異なる名目とて、国や各部署が動いてくれるのは大きな進歩だ。
実際にこの惨状を目の当たりにしてくれれば、きっと――
「じゃあ、本当にあとひと踏ん張りなんですね」
「あぁ。だから聖女様には悪いが、各使節団が来たら、一緒に状況説明を――」
その当然の申し出に、私が「もちろんです」と応える前だった。
「その女は、さっさと追い出すべきだろう」
その発言をした男性の声を、私が聞き違えるはずがない。
ルーフェンさんが振り返り、眉間にしわを寄せる。
「何を馬鹿なことを言ってんだ? お前がこの子と二人でランデブーしたいのはじゅーじゅー承知だが、今はそんなこと言ってる場合じゃ――」
「阿呆抜かせ、貴様らのために言ってるんだ。そいつは国家聖女の責務から無断で逃げ出した大罪人だぞ? しかも、偽物に挿げ替えているんだったか……そんな女と手を組んでいるなんざ、バレたらどうなる? その女と貴様の首だけで済めばいいが……」
わざとらしく、言葉を濁すイクス。
それにはルーフェンさんも、そしてまわりで表情が明るかったはずのみんなも、途端焦りを隠せなくなっていて。
イクスと視線が合う。思わず笑ってしまった。
あーあ。やっぱり、あなたがイクスだよ。
だって、私がなんて言うべきか、嫌でも伝わってくるもん。
もちろん、私はここの選択肢を間違えませんとも。
「それじゃあ、私は急いでここを出ていきますね」
「聖女様……」
サクッと答えを出した私に、ルーフェンさんは声をかけてくれるけど。そのあとの言葉を、無理に探さないで大丈夫ですよ。
「大規模魔法のことは……魔族の侵攻により誤作動したことにでもしておいてください。どうしても難しければ、突如やってきた女が、勝手にやったことだと。そしてまたすぐに消えてしまったとか……まぁ、テキトーにどうぞ」
「そんな、だって――」
「あと、ルーフェンさん」
そして、私は目を細める。
「私のことは『聖女ちゃん』とか『ナナリーちゃん』とか、どうか『ちゃん』付けでお願いします」
けっこう好きだったんです、なんて笑えば。
ルーフェンさんが「かわいーなーおい」と悲しげに笑ってくれた。
「その錫杖のことを言わなかったのは賢明だったな。いつどこから面倒な奴らに話が漏れるかわからない。騒ぎの種は少ないに限る」
「お褒めいただき光栄です」
私が動くたびに、手に持つ錫杖がシャラシャラと金具を鳴らす。
そして、私はまた一人になるの。
「俺を恨むか?」
「まさか」
要らないって言ったのに、貴重な食糧を分けてくれた。あの美味しい林檎ジュースもまるまる一本くれた。少ないけどって、お金までくれた。それでも命の恩人に対してこれだけしかって、みんな口惜しくしていたけど……十分だよ。十分すぎるくらいの報酬だよ……。
もちろん、それは『見張り』という名目で裏門まで見送ってくれる彼に対しても同様だ。
「だってイクスさんは、私を助けようとしてくれたんでしょ?」
「……貴様の耳は節穴か?」
嫌そうに顔をしかめていらっしゃいますが……それこそ、あなたは私を能無しとでも思っているのでしょうか。
そりゃあ、逃亡した聖女を囲っていたら、ここのみんなに迷惑がかかるのも事実だけど……私自身も『大罪人』として、教会から罰を受けるのは明らかなこと。
しかも、そんな元国家聖女が、本来なら五十人必要な大規模装置をひとりで発動させたら? 魔族からの侵攻をひとりで防いだとしたら? 女神が持つという聖鳥カラドリウスの錫杖を所持していたら?
教会の面目、丸つぶれだよね。まぁ、全てのことは神の思し召しにより~とか言って、全部を教会の手柄にすることもできるのかもしれないけど。それには、私が教会に従うのが絶対条件なわけだ。
……せっかく逃げ出したのに、また洗脳教育でも受けろと?
それはちょっと、無茶な相談だな~。
だから、私は増えたお財布を取り出してみる。
「ちなみに、あなたを雇うには具体的にいくら必要でしょうか? 私、ちょっと先ほど臨時収入がありまして」
「俺は魔族を一刀両断にできる剣士でな。そんな傭兵を、そんな小さな財布で買えるとでも?」
「ですよね~」
わかってた。てか……お金がいくらあっても、今ここでイクスを連れていけるわけがないことも、わかっていた。
だって、まだ魔族の侵攻が終わったって保障もないもん。
使節団が来るまで、あと何日かかるかわからない。それまでの間に、もし再び魔族が襲ってきたら――私がいなければ、大規模装置は使えない。今いる動ける兵士さんだって、あとは数えられる程度。
そこで踏ん張ってくれる人。あとを任せられる人。
そんな頼れる相手を、私はイクスしか知らない。
だからきっと、この別れは――彼の記憶なんか関係なく、私たちなら選んでいた道なのだろうと思うから。私は彼に、笑顔を向ける。
「また……落ち着いたら、会いに来てもいいですか?」
「その頃には、俺はここに居ないと思うが」
「じゃあ、捜します。たくさんたくさん、捜して――」
「迷惑だ――二度と俺の目の前に現れるな」
そして、彼はバタンと裏門の扉を閉めてしまった。
黒い扉。鍵の掛かった重い扉は、私の手じゃ、どうやっても開けられない。
再会を望まぬ言葉に、私は再び苦しくなるけど。
でも、私は門に背を向ける。
だって、えーとね……実は私、一人じゃないんですよ。
「アイツは、本当にドウシタんだ⁉」
私の隣で、とてもイライラしているアルバさん。
いやあの……どう説明したらいいものか……。
そう悩んでいると、アルバさんが私の手を握ってくる。
「まぁ、イイ。アンナ男、別れて正解ダ――コレカラは、オレがナナリーを守ってやる!」
そうしてなんか、予期もせず。
アルバさんとの短い二人旅が始まったのです。







