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sideイクス 悪夢を見たあと

 ♢ ♢ ♢


 ――なんて夢見の悪いっ!


 この十一日、まともに眠れた試しがなかった。

 見知らぬようで、見知っていた、そんな田舎の村で目覚めた時から。


 俺は毎日『悪夢』を見る。

 何度も、何度も、《あの女》が死ぬ夢。

 結末は同じ。だけど、過程がまるで違う。

 何を試しても、試しても、《あの女》は死ぬ。

 しかもどの対策も、俺が本気じゃない。


「うなされていたのう?」


 避難所の中の、兵士たちが雑魚寝している狭い一室。

 朝日はもう昇っているらしい。砦内で動く人の気配はするが、ここの兵士らは未だ、いびきをかいて寝こけている奴らばかりだ。


 その中で、やけに見目が整った黒髪の少年が、足を組んで浮かんで(・・・・)いた。暗闇の中でも、そいつの赤い目がやけに目立つ。


 ――魔王だったか。

 どうやら、本当に正真正銘の魔王らしい。

 もし本当に魔王と生活していたなら、忘れたくても忘れられないと思うが……《あの女》が関わっていることに関して、全ての記憶に(もや)がかかってしまう。だから、魔王の件にのみならず、家族のことも、訪れた場所のことも、人のことも――くそっ。どうせなら俺が誰かすらわからないような、完全にすべてを忘れてしまえた方が、よほどラクだったのに。


 だって、嫌でも自覚する。

 俺の人生のすべてが、《あの女》に関与していたということなのだから。


 でも、うっすら思うことがある。

 おそらく記憶がなくなる前から、俺はこいつが嫌いだ。


「連日仲間の死を目の当たりにしているんだ。うなされない方がどうかしてる」

「まっさらな状態から、己の人生を俯瞰(ふかん)するのは、どんな気持ちかのう?」

「貴様っ⁉」


 この『悪夢』、全部こいつが――⁉


 そいつの襟首を掴もうとするも、俺の動きなんか読まれているように、ひらッと高く上がっていく。


「その鬱憤(うっぷん)、せいぜいお前の敵にぶつけることじゃの――ま、お主がなんで戦っているのか、ワシにはわからんが」


 その時だった。警報を告げる鐘が鳴る。またか。慌てて飛び起きる兵士らを尻目に、俺は即座に立ち上がった。鎧にひびが入っているが、着ないよりはマシだろう。替えの装備なんてものはない。ただ、俺は――もう、魔王の姿はどこにもない。


 ――俺は、なんで戦っているんだ?


 たまたま、実家のレッチェンド領に戻るに、ラクな道がこの砦に来ることだっただけだ。ここから乗合馬車に乗るなどするのが、一番早くてラクだと思ったから。路銀はほとんどなかったが、行商人の護衛を買って出るのも良し。ならず者の手配書でもあれば、一狩りしてくるも良し。ある程度栄えた町にさえ出れれば、どうとでもなる自信があった。俺一人であれば。


 そんな折、ちょうど魔族に襲われている場面に出くわしてしまった。そして、あれよあれよという間に――そうだ。俺はたまたま流れついた傭兵みたいなもんじゃないか。誰が賞金をくれるわけではなし。一人、ここから逃げたって誰も責めないだろう。責められる筋合いがない。それなのに――どうして《あの女》は、自ら死地に来たんだ?


 俺みたいに、たまたま出くわしてしまったわけじゃない。こんな騒動になっていると知った上で、わざわざ首を突っ込んできたお節介。……お節介で死ぬつもりか? 馬鹿が。ようやく助かった命なんだろう? それを……。


 あぁ、腹立つ。


「貴様みたいな小娘、前線に来られても邪魔なだけだ。こんな砦見捨てて、とっとと愛人と家に帰ったらどうだ? 迎えに来てただろう」


 思わずこんなことを口走ってしまうくらい、《あの女》の呑気な面が目障りだ。

 だけど、《あの女》は聖女らしい。


「オレに何かあったら……あとは頼んだ」


 隣国の訳あり王太子だったという、代理領主を立派に務めている男が。


「大丈夫、中には聖女ちゃんが――」


 砦に家族を遺し、前線で死んでいこうとする男らが、縋る相手が《あの女》だという。


「あいつを頼るなっ!」


 馬鹿が! いい男が、あんな小娘ひとりを頼るな!

 あいつは、そもそも運動神経が悪いんだ。体力だってある方じゃない。身長だって低い。胸も尻も小さい。武器なんかからっきしだし、手先も不器用。魔法だって黒魔法はてんでダメ。お節介で、自己犠牲しやすく、損得を考えるのが苦手で、計算も得意ではない。食べることが好きで、小動物が好きで、温泉が好きで。長所よりも短所の方が多い、顔だけの女だ。


 あんな十一夜の『悪夢』と、わずかに共に過ごしただけでわかった《あの女》の特徴。こんな女に……あとを託すだ?


 稼ぎ頭であろう父親を亡くした家族を? そんな領民を抱えた魔族侵攻を受けている領地を? この国の運命を?


 馬鹿か。あんな小柄な少女に、なんて重たいものを背負わせようとするんだ。

 あいつはそんな立派な『聖女』なんかじゃない。あいつは、ただの――


「くそっ‼」


 俺は唾を吐き捨て、砦へ抜けていった一匹を追う。

 不思議な力を使うやつだった。第一波の時に取り逃した相手だろう。攻撃しようとしても、影のように擦り抜けてくる。動きはまるで素人のように稚拙だったが……攻撃が当たらないんじゃ、倒しようがない。それこそ、白魔法のように精神に直接作用するようなものでなければ……。


「くそっ、くそっ!」


 あぁ、腹立つ。結局、俺も《あの女》に――


 避難民たちが「どうしたんですか⁉」と声をかけてくるも、《あの女》はいない。なら全部無視だ。あいつはどこへ向かった……? わずかに場所のずれた樽。汚れた床。それらを見つけ、追いかけていた時――世界が、緑に発光したような気がした。


 砦が揺れ、緑の光に包まれる。おそらく、これは砦の大規模魔法が発動したのだろう。誰が――決まってる。発動源となる聖力(マナ)を使えるのは、《あの女》しかいない。


「くそぉっ‼」


 俺が向かった先は、屋上だった。

 見覚えのある場所だ。たしか、ここで――思い出そうとするたびに、頭が痛む。

 それでも目の前の光景は、もっと腹立つものだった。


 俺が追いかけていた魔族だろう死体が、すでに事切れて炭のようになっていた。

 それと少し離れた場所で、倒れた《あの女》を、見知らぬ男が抱えている。浅黒い肌をした若いやつだ。特徴的な民族衣装は……ここらのものだろう。たしか、聖鳥カラドリウスを信仰している高山に住む少数民族が、こんな肌色の特徴で、赤黒い刺青を好んでいた覚えがある。


 そんな二人のそばには、一本の錫杖が落ちていた。


 眠るように四肢を脱力させた《あの女》を抱えた男が、俺を一瞥する。

 途端、そいつは《あの女》をそっと地面に横たえ――一足飛びで俺に切迫してきた。そして、容赦なく俺の顔を殴ってくる。


 そのこぶしは、避けられたはずなのに。

 なぜか俺は、一歩も動けなかった――動いてはいけないような気がしたんだ。

 男は激昂する。


「オマエが付いていながら……なぜナナリーが泣いてイルんだっ‼」


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