sideイクス 11回目の死
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もう、疲れた……。
何をしたって、ナナリーが死んでしまう。
内政を頑張ってみた。城の中でのんびりさせてみた。他所の国に嫁がせてみようとした。国王の病を治そうとしてみた。王太子を暗殺しようとしてみた。部屋に引き籠っても、他者とふんだんに交流を持たせてみても。
何をしても、ナナリーは死んでしまう。
いや、違う――俺が殺しているんじゃないのか?
ループが終わってしまえば、俺はナナリーのことを忘れてしまうんだから。
俺の中から、ナナリーがいなくなる?
そんなことありえない。俺の人生、ナナリーのためにあったようなものだ。好き好んで、ナナリーのために生きてきたんだ。
それを今更やめろだなんて。
彼女のいない俺なんて、果たしてそれは俺と言えるのか?
あぁ、疲れた……。
もう、何が何だかわからなくなって。
何もかも、信じられなくなって。
「イクス……最近疲れてる? 明日はお休み――」
その日の仕事を終えたタイミングで、ナナリーは気遣ってくれたのに。
むしろ俺は憎々し気な視線すら向けてしまう。
「そんなこと言って、俺がいない間に何をするつもりなんだ? あの王太子と逢引きでもするのか?」
「……イクス?」
最低だ……。
眠れないのも。体中が痛いのも。
全部、俺が望んでしていることなのに。
――本当に?
だって、それが真であるとするならば。
――俺は、ナナリーに死んでもらいたいのか?
――俺が、ナナリーを殺しているのか?
本当に、疲れた。
ある日、ナナリーからバナナをもらった。
バナナは希少性の高い果物だ。南国でしか採れない。そして栄養価がとても高い分、値段も高い。だから貴族たちの中では、お見舞いの品にバナナを持参することは、己の豊かさを見せしめることでもある。
そんなバナナを、ナナリーは参拝者から貰ったという。
「私はもう三本も食べたから。イクスも食べて?」
だけど、俺は知っている。
食べたという三本は、私室の戸棚に隠してあるやつだろう?
明日行く孤児院にでも持っていくつもりか? 三本持って行ったところで、ガキどもが喧嘩するだけだろうに……何回ループしたところで、その『甘さ』が抜けきらないのがナナリーだ。単純にバカなのか。それとも……敢えてずる賢さを身に着けないようにしているのか、俺にはわからないけれど。
「……ありがとうございます」
そんな『優しい』ナナリーだから、俺は彼女から離れてやることができない。
だから、また俺が――
「試すか」
俺はナナリーと別れてから、三口でバナナを食い尽くす。
そして――残った皮を、通路の真ん中に捨てた。このあたりの通路は若干幅が狭い。そのくせ等間隔で花瓶や壺などの美術品も飾られているから――落として割れたら大惨事になりそうな、壺の前に。
ナナリーはすぐに、次の仕事で部屋を出るはずだ。明日の打ち合わせで宰相に王太子に呼ばれている。だから――結論まで、そう時間はかからないはずだ。
バナナの皮を踏んで死んだら――俺はナナリーを殺したがっている。
バナナの皮に気づいて拾ったら――俺はナナリーの『生』を望んでいる。
後者なら、今度こそナナリーのことを守り切ろう。
それこそ、俺から告白でもしてしまえばいい。……おそらく彼女は、俺が望む答えをくれるはずだ。そうしたら、この呪縛からナナリーは解き放たれ、彼女は幸せな人生を歩めるはず。今回の人生でも……そのような手筈は整っているはずなんだ。
そうすれば、俺もラクに――
案の定、ナナリーはすぐに部屋から出てきた。なんであいつは資料を読みながら歩いているんだ? そんな読み込まなくても、いつも通りのことしか書いてないだろう。常に時間に押された生活をしているとはいえ、歩きながら書類を読むのは危ない。
もし、廊下にバナナの皮でも落ちていたなら――
「あっ」
ナナリーはものの見事に足を滑らせた。書類が散らばり、バランスを崩した手が壺にぶつかり、飾り台から落ちて――ガツンッと鈍い音が響いた。仰向けに倒れたナナリーのまわりに散らばる破片。そして、彼女は頭部から赤い血を流していて。
「ははは……」
そんな喜劇に、俺が笑いをこらえることができなかった。
「はは、はははははははは……」
俺が殺した! 俺が! ナナリーを! 殺したっ‼
「ははははははははは!」
さぁ、またナナリーを閉じ込めよう。
俺が作った、俺だけが幸せな世界の檻へと。
赤黒くなるまで血塗られた、棘だらけの檻の中で。
ナナリーがずっと、俺だけのために泣いていればいい……。
――最低だ。
すまない、ナナリー。
――最低な男で、すまない。
俺は、ナナリーを幸せにしたかったはずなのに。
俺は、ナナリーの笑顔を守りたかったはずなのに。
俺は――ナナリーの死なんて望みたく――……。
赤黒く染まった薔薇の檻が、俺らを覆っていく。
俺から、棘が抜けることはない――







