算術魔法士は金がない。
「火炎魔法Lv1、冷却魔法Lv1、真空魔法Lv1、
時空間魔法Lv2、召喚魔法Lv1、爆裂魔法LV1
暗黒魔法Lv1、回復魔法Lv1、増幅魔法Lv2…」
「もういい」
言葉は途中で遮られた。
「もう充分だ。お前が我々"蒼術の霊域"にとって全く戦力にならない事はよくわかった」
「総合Lv95の魔法使いって言うからどんな達人かと思えば…」
「数だけ魔法をかじっただけの役立たずとはね」
「しかも唯一高レベルなのがよりによって「算術魔法」とは救えねえな!」
「それ食ったらとっとと出てけよ」
……力無く冒険者ギルドを後にする。
一体、これで何回目の戦力外通知だろうか。10や20ではない。
最近は仲間に入る以前の門前払いが殆どだ。
恐らく冒険者の間でも、悪い噂として広まってしまったのだろう。
「総合レベルだけ高い癖に、実用的な魔法のレベルは1だらけの算術魔法士」として、俺の事が。
―――18年前。
女神によって転生させられる時……
俺に与えられたスキルで最も成長率が高いと言われたのは「算術魔法」だった。
世界に溢れる数字…レベルやステータスの数字から、重さ、長さ、高さ…
様々な数に応じた対象へまとめて魔法をかける事ができるスキル。
しかし、もともと成長率が悪い魔法で、おまけにレベルをあげたとしても、
それ単品では意味をなさず、セットで使う魔法が無ければ意味がない。
レベル3の倍数の相手に対して、まとめてLv1の火炎をぶつけられたとして、
多少強いモンスター相手では何の役にも立たないという事は、もっともだろう。
おまけに戦闘中に一々相手や味方の数値を把握、計算して魔法を撃たなくてはならない。
場合によっては、味方に対して魔法が発動する事もあるからだ。
……それならもう、高レベルの攻撃魔法で薙ぎ払った方が手っ取り早いのは誰でもわかる。
そう、つまり単品でどれだけ鍛えていても何の意味も成さない、「最弱スキル」というわけだ。
……しかし、それを俺は18年間かけて最大レベルまで鍛え続けてしまった。
他の魔法を覚える為のスキルポイントを割り振ってまで、だ。
・・・
「次の街までは……14キロか。金も無いし歩いていくしかないな」
そして、とぼとぼと次の街までの道を歩き始めてほどなく。
「ブオオオッ!」
遠くから魔物の唸り声と、地面に響く足音、そして土煙を確認する。
「測量、天の眼」
算術魔法の基本、「距離と数を測る魔法」を即座に使用。
魔物の群れ…距離は南西1343メートル。走行速度は60キロ。
レベル14の「狂える猛牛」が28体。
「……俺一人で倒せる相手じゃないな。いつもの手を使おう」
「強度倍数"七"、時空間魔法は"石の軛"」
「ブモッ…!?」
猛牛の動きが鈍る。
Lv1の時空間魔法である"石の軛"は、相手の動きを遅くするだけの低級魔法だ。
「同じく強度倍数"七"、暗黒魔法は"葛の血"」
「ブ…グブッ……」
更に猛牛の動きが鈍る。
これもLv1の魔法、相手を軽度の毒状態にする"葛の血"。
「……走行速度6キロ……これなら追いつかれない」
当然、これだけで敵を倒す事はできない。
しかし、逃げるだけならばこれで充分。
先ほどの街にはレベル20を超える冒険者もいたし、
そいつらがその内頑張って倒してくれるだろう。
少し速足で次の街へと歩みを進め、20分程度経過した時だった。
「あ、あのっ!!」
後ろから誰かの声がした。
だが、俺を呼ぶ声じゃないだろう。呼ばれる理由がない。
「そこの赤髪のソロ魔法使い様!」
魔法使いか、この平原のど真ん中でソロ魔法使いとは珍しい。
しかも俺と同じ髪色とは。
――いや、もしかして俺か?
期待半分、いや煩わしさ8割で振り向く。
すると、20メートル程離れた後方に、エルフ族の…
それも、派手にあちこちの服が破けた前衛的ファッションの女が一人俺を追いかけてきていた。
嫌な予感がした。
大抵こういうのは大きいトラブルか面倒なクエストの序章と相場が決まっている。
……が、それは断ればいいだけの話か。
「何だ、エルフの知り合いはいないつもりだが」
警戒心が思わず表面に出た返事を返す。
「さっ……先ほどは……助けて頂いて、ありがとうございましたっ……」
更に嫌な予感はふくらむ。
だって、身の覚えのない感謝だぞ。
頼んだ覚えのないamazonの箱が家の前に置かれているみたいな怖さだ。
「助けた覚えも、感謝される覚えもない」
敢えて大声でを返事しつつ――
「測量、天の眼」
聞こえない小さな声でそのエルフと…周囲の状況を確認する。
レベルは11、突出して高いステータスはなし、身長は145cm、胸囲、体重は…省略。
その他に誰かがいる反応はない。つまり、危険性はない。
「狂える猛牛の群れに追われて……逃げきれないという所を、貴方が……」
「ああ、さっきの」
ようやく状況を理解する。
どうやらあの魔物の群れはこいつを追っていた、
そして、それを偶然とはいえ俺が助けた、と。
「礼には及ばない。自分の為にやった事だ」
「そんな、間違いなく命の恩人ですよ!激しく礼に及びます!」
ああ、こいつ押しが強い。嫌な予感が。
「……ずっと、貴方なような魔法使いを探していたんです。どうか助け――」
「身長倍数"五"!時空間魔法は"石の軛"!」
「てぇぇぇほぉぉぉしぃぃぃいいいんんんんでぇぇぇすぅぅぅぅ!!」
嫌な予感に対しては、先んじて有無を言わさない決断。これに限る。
「断る。俺より強い奴に会いにいけ」
次の街へ再び歩き出す。今度は振り向かない。
「ま、まぁぁぁぁってぇぇぇぇぇくぅぅぅぅだぁぁぁぁさぁぁぁぁ!!」
ソロの魔法使いに出会うなり助けを求める…という時点で、間違いなく見えている地雷だ。
うかつに話を聞こうものなら、高レベルのダンジョンに突っ込まされたり、
未踏破の遺跡に向かわされたり、果ては命がけの大冒険もありうる。
要するに、算術魔法士である俺が行くべき場所ではない。
俺は、4人以上で偶数人かつ、善良なパーティで程々の後方支援をメインに、
安全な位置で末永く立ち回っていくのが生涯目標なのだから。
・・・
――その頃、約8キロ後方。
「やったか!?」
「ああ……これで全て討伐だ!こちらにも犠牲が出てしまったが……」
「狂える猛牛……しかも20体以上の群れが相手だ。5人で掃討できたなら充分な戦果だよ」
「うぐっ……!はぁ……はぁ……ちくしょう痛ぇ……!!」
「ガルゴの傷は相当深いわ……回復魔法は間に合ったけど、冒険者は引退レベルかも……」
「運よく群れの動きが普段より鈍いのと、体力が落ちていなければ全滅もありえたんだ。
ここは命があっただけでも良しとするべきとしか…」
・・・
「高レベルの算術魔法士……赤い髪……まさかとは思うが、火炎魔法のレベルは?」
「……Lv1」
「冷却魔法は」
「Lv1だ」
「そうか、出ていきな。ここにお前の仕事はないよ」
……前の街で知り合った誰かが、
俺を笑いものにする噂をこのギルドでもしたのだろう。
まさかこの街にまで、居場所がないとは。
「高度倍数"四"…水術魔法は"呼び水"」
地面からちょうど120cmの高さに置かれた手持ちの銀製のカップに水が満たされる。
Lv1の水術魔法"呼び水"は、コップ一杯分程度の水を呼び出すだけの魔法だ。
「んっ……はぁ……」
呼びされた水を一気に飲み干し、大きく息をついた。
そして、これが俺の昼食。
ギルドに入れなかった現状、少しでも節約を試みるしかない。
算術魔法はMPを一切消費しないのが唯一の救いだった。
正確に言えば「算術魔法と合わせる魔法一回分」のMPがあればいい。
先ほどの魔物の群れに対しても使用したのは、
一回分の時空間魔法、一回分の散毒魔法のMPだけ。
もし、あれを28頭分かけていたら、この"呼び水"すら使えなかっただろう。
とりあえず今日は出来るだけ安い宿屋に泊まって……
明日はソロでも可能な初級のクエストをこなすか、更に遠い街を目指すか、それしかない。
そう思って、街外れにある安宿を目指す。
しかし街外れとなれば、当然治安も悪い。
金と学を持たない人間達のたまり場とくれば当然――
「洒落た杖持ってんじゃねえか、そこの兄ちゃんよ?ここは通行料が必要だぜ」
当然、輩共に声をかけられ、手持ちを狙われるというのも珍しくはない。
「測量、天の眼」
声が聞こえないフリをして、辺り一帯を調べる。
レベル8の盗賊、身長は178cm…
レベル10の盗賊、身長は171cm…
レベル6の盗賊、身長は165cm…
レベル16の戦士…身長184cm…こいつがリーダーだろう。
「強度倍率"四"、暗黒魔法は"蝙蝠の巣"」
「ぬ、ぬうっ…!?」
「どうしましたボス?」
「目、目が……」
"蝙蝠の巣"は相手の視界を一時的に奪うだけの、暗黒魔法の初歩スキル。
「身長倍率"三"、幻惑魔法は"瞬く悪夢"」
「う、ううっ……!?うわぁっ!?ゴ、ゴブリン…!?」
そして"瞬く悪夢"はほんの僅かな間、相手に幻覚を見せる、幻惑魔法の初歩スキルだ。
「がっ!!て、てめえ……裏切ったな…!?」
「あ、あれっ…!?ち、違っ……そこにゴブリンが…!」
「ふざけんなぁ!!ぶっ殺してやる!!」
「ひぃぃぃ……!」
さて…宿屋は地図だと、あの曲がり角か。
後方の喧噪には何も気づかないフリをして、俺は地図を見ながら歩く。
「そこの赤髪の魔法使いさん……」
……またか。
いくら安宿とはいえ、これだと面倒事による損失の方が大きいな。
次からは多少値が張っても、もう少しマシな宿に泊まろう。
「測量、天の眼」
そんな事を考えつつ、振り向かないまま、声の方向を調べる。
レベルは11、身長は145cm、胸囲、体重…
……それは何故か、ごく最近見た覚えのある情報だった。
・・・
「……それで、わざわざ俺を追ってきたのか。依頼は受けんぞぐぅぅ」
「いえっ、それひゃもういいんです!依頼は別の人をあたりますから」
「ただ、せめて何かお礼だけでもって……」
「礼もいらないとぐぅぅぅぅ……」
「……お腹、空いてるんですか?ぐぅぐぅ鳴ってますけど……」
その問いに対して、今は否定する解がなかった。
・・・
「それで、私の名前は――」
「名乗らなくていい。名前を知ると情が移る。情が移ると計算が鈍る」
「……だから、俺も名乗らない」
忙しなく食事を口に運びながら、俺はできるだけ不愛想に答えた。
「でも、呼び名が無いと……えっと、赤髪様で、よろしいですか?」
「それでいい。」
「では、赤髪様、私の事は銀髪とお呼び下さい」
銀色の長い髪をしたエルフは、人懐っこい笑顔で名乗った。
そして、それ以上の会話をせずに、ただ嬉しそうに食事をする俺を見つめていた。
・・・
その後、礼として食事代、そして一度は断ったが
「もっといい宿に泊まるべきです!」
と無理矢理押し付けられた宿賃を手にした後に、エルフとは別れ、表街にある大きな宿屋へ。
「……ふぅ」
満たされた腹、いつもより柔らかい寝床に、高い天井。何気なく測量すれば2m80cm。
普段泊まる宿よりも60cmは高い。
悪くはない気分だった。だが、それも今夜だけの話。
横になりながら、馬鹿正直に良い宿に泊まらず節約し、
余った金を明日以降に回せばよかったと思ったが、深く考えず眠る。
今日くらいは……良い夢を見てもいいだろう。
その内、いい声がかかるはず。
好待遇、好条件、そして将来に何の不安もないホワイトなパーティからの声が。
・・・
「おはようございます、赤髪様!」
――しかし、それが翌日の朝、宿を出た瞬間にかかった声だった。